書類の『岸 遥真』と名前が書かれた部分に目を落として、ため息をつく。
幸い岸会長の字は綺麗だし、私も「いかにも女子!」って感じの丸文字を書くわけではないから、真似できる、のかなぁ……。

そもそもこんなことしても大丈夫なのかと川西先輩のほうをみると、川西先輩は口元に手を当てて考え込んでいる様子だった。

「……川西先輩?」

のぞきこむと、川西先輩はその格好のままボソリ、と話しはじめる。

「……ビックリした。岸くんが、あんなふうに言ったり、笑ったりするなんて」
「え?」

「もともとは、俺の考えた通りに話すだけの予定だったんだ。陽菜子ちゃんを雑用係として側に置くように……そしてそこから陽菜子ちゃんが自分でどうするか、決められるように」

「やっぱり、川西先輩が」

あの岸会長が、そんな甘いこと言うわけないよね。
思ってた通りだったけど少しガッカリ、と考えていると、川西先輩が首を横に振った。

「……そうだけど、そうじゃないよ。『専属』だとか、『ウソをつかない』だなんてセリフ、俺は考えてない。岸くんが自分でそう思って、言ったことだ」

「え……」

「岸くん、女の子と接するのそんなに好きじゃないみたいなんだよね。そんな彼が、君には素で、普通に喋ってた。それだけで俺は、凄くびっくりしたんだ」

会長は、女嫌い。
だから普段は当たり障りのない爽やかキャラを演じてるんだと川西先輩は言った。

「まるで、陽菜子ちゃんに雑用係をやってほしいみたい」
「まさか、そんなわけないと思いますけど」
「岸くんにとって陽菜子ちゃんは、なにか他の女の子とは違う存在なのかもね」

そう笑って、川西先輩は仕事の説明をしはじめた。
わたしはそれを聞きながら、岸会長の言葉を思い出す。

「俺もお前の専属だ」

そう言った岸会長の声は、すごく優しかった。
本当に、岸会長がそう思って言ってくれたことなら。
少しだけ、信じてみてもいいのかな、って思った。