思わず掴みそうになった白く柔そうな手を、掴まずベンチから立ち上がった己を褒めたい。

「……あのさ、ナギサちゃん」
「ん?」

 彼女の歩幅にあわせてゆっくりと隣を歩きながら、視線は進行方向へと向けたまま、音を吐く。

「俺、ナギサちゃんとこで働くの、辞める」
「……」
「実はさ、買い出し中に悠真と会って……プロジェクト任されたって聞いてさ……すげぇよな、悠真……俺も、このままじゃダメだって思ったんだ。だから、企業に就職するよ」
「……そう、」
「うん。何か、ごめんな、いきなり」

 彼女の口から「もう要らない」と、「ユウにぃと暮らすから」と直接聞かされるよりかは、己から切り出した方が、おそらくそれほどに深い傷にはならない、はずだ。

「てかさ、悠真から、言われたっしょ? 一緒に赴任先に来て欲しいって」
「…………うん」
「良かったじゃん。おめでと」
「……めでたい?」
「え? や、めでたいっしょ。普通にさ」
「……そう」
「うん」

 分厚く、何重にも、壁を気付いて、己を囲って。そうやって、強がって、へらへら笑う。

「辞めるのは、分かった。けど、今日は、帰ろう」
「……あ、うん」

 カッコ悪い。
 だけどそうしていないと、出しちゃいけないものが、彼女にとって迷惑でしかない俺の薄汚い感情が、せりあがってきそうだった。