「え、ナギサちゃん、山とか登ンの?」
「うん。ひと月に一回だけね」

 携帯の契約を終え、手続きに三十分から四十分くらいかかるというので、同じモール内にある、ナギサちゃんの本来の目的地へと赴けば、そこは登山をするための品を取り扱う店だった。

「マジか」
「何? 仕事も在宅だし、先週の定休日はゲームしてたし、こいつ絶対引きこもりだわ、って思ってた?」
「めちゃくちゃ思ってた」
「まぁ当たらずとも遠からずだけどね。気分転換ってさ、何をするかなんて人によるでしょ? それが私の場合は山登りだった、ってだけだよ」
「へぇ」
「ゲームはね、生き甲斐」
「……」
「ゲンくんは? 趣味とかないの?」

 彼女が手にしているのは、パーカー、だろうか。
 普通の服とは明らかに違う、けれども形状はそう呼ばれるようなものを、店内に置かれている姿見鏡の前で、着て、見て、脱いで、元あった場所に戻す、を三度ほど繰り返しながら彼女は問いを投げ掛けてきた。
 趣味。
 考えたことなんて、なかった。だからだろう。何も思いつかず、「……え、と、」と口ごもる。
 趣味?
 そんなの、ない。

「ゲンくんはさ、」
「え、うん?」
「山とか登るの、嫌な人?」
「え、いや、別に。身体動かすのは嫌いじゃねぇよ」
「ならさ、来週、一緒に行かない?」
「へ」
「低い山にするし、途中で嫌になったら降りればいいからさ。挑戦してみない? 案外、ハマるかもよ?」
「でも俺道具とか」

 何も持っていない。
 そう言おうとした瞬間、にやりと彼女が笑った。

「さてゲンくん問題です。ここは何のお店でしょうか?」

 片腕だけ通したパーカーのもう半分をだらりと垂れさせたまま、両腕を広げて、笑った。