おいくそマジふざけんなよ。
「そうなの?」
「え? だって、家事しかしないのよ?」
「ふぅん」
どうにかしてこの場を。
そう思ったのだが、俺がアクションを起こすよりも前にナギサちゃんが至極興味のなさそうな声を吐き出した。
「ふぅん、って、あなたね、」
「いやそもそも私、ゲンくんの飼い主でもなければ養ってもないからそういうの分からない。雇ってはいるけど」
「はあ? ちょっと冗談でしょう? この子、何にもできない子よ?」
「家事してくれてる」
「は?」
「私じゃ作れないようなすごく美味しいご飯作ってくれるし、後片付けも早くて丁寧。掃除だって、床を這いずり回る丸いやつに任せっきりだった私じゃ到底できないくらいピカピカにしてくれてる。あと、私のダメなとこ、ちゃんと叱ってくれた。腹立ったけど、言ってることは正しい。それと、わがまま聞いてくれる」
「な、何よ、それ、そんなの、」
「あなたにとっては普通だった? でも私にとってそれは普通じゃない。本来なら親とか、寧ろ女の私がしなきゃいけないって言われること。けど私はしたくないの。代わりにしてくれてるゲンくんに対価を払う。それが私の中の普通で、当たり前のことよ。だってそうでしょ? 私のご飯とか、掃除とかのために、ゲンくんは自分の時間を使ってくれてるんだもの」
「……っ」
「あなたがゲンくんをどう思ってるかはあなたの自由だけど、それを言葉にして他人に同意を求めるのはどうかと思う。少なくとも私はゲンくんを底辺人間とは思っていないから」
「……」
「あと、ここには携帯を見にきたの。話しかけてきた理由が未だによく分からないけれど、このあとも寄りたいところあるから、急用とかじゃないならもういい? 携帯、見たいんだけど」
「っ」
顔を歪めて、「行くわよ!」と怒鳴りながら去っていく元飼い主と、そのあとを付き従う男。それらふたつの後ろ姿を別に見たくなんてなかったけれど、見えなくなるまで俺は見つめていた。
「何か、ごめん。私、余計なこと言っちゃった?」
「……や、全然、」
彼女の言葉に泣きそうになったのを、悟られたくなかったから。



