とはいえ、手は出さない。絶対に。
 まぁ向こうが迫ってきたら、やぶさかではないけれど。据え膳はきっちり食うタイプなので。

「あら? やだ、玄じゃない」
「へ」

 車を持っていること、免許を持っていること、運転ができること、それらに一頻(ひとしき)り驚いたあとまず向かったのは、知る人ぞ知る、といった雰囲気の古民家カフェだった。コーヒーとホットサンドがこれまた絶品で、思わず「また行きてぇ」とこぼれ落ちたそれを、彼女は「そうだね」と笑った。
 お、珍し。顔作ってねぇ。
 少しは心を許してくれたのだろうかとニヤニヤしていたら、いつの間にか大型ショッピングモールについていて、「キモい顔してないでほら行くよ」と連行されたのは、スマートフォン、別名【特別手当て】が置いてある携帯ショップだった。

「もう新しい飼い主見つけたの? 早いわねぇ」

 よもやそこで、元飼い主(恋人だと思ってた女)に出会(でくわ)すとは、誰が予想しただろうか。
 見るからに俺よりも若そうな男引き連れてるお前が言えたセリフじゃねぇだろうがと思いながらも、顔面には笑みを張り付る。何かを言い返そうものなら、笑顔でヒスるのは目に見えていたから。

「家事をするくらいしか能のない底辺人間を養うのは大変でしょう? ねぇ、玄の新しい飼い主さん?」

 だというのに、先月三十路(みそじ)を迎えたばかりの頬を必死に上げて、元飼い主は、あろうことか俺の隣にいるナギサちゃんへと視線と声を向けやがった。