45.心の病?


リタは倒れてから丸三日目を覚さなかった。あの日直ぐに王宮のお医者様が診てくれたけど、体に悪いところはないと言われた。けど目を覚ましたリタからは笑顔が消え、口数も少なくぼーっとしている様に見える。声をかけても戸惑った表情で「はい」や「いいえ」などの簡単な返事のみ。


「リタの様子はどうだった?」


戻ってきたサラにたずねると、眉尻を下げて小さく首を横に振った。


「食事もあまり喉を通らない様で……このままだとまた倒れてしまわないか心配です」

「体に問題はないって言ってたから、病気ではないと思うんだけど……」


セカンドオピニオンした方がいいのかな……。

体に問題がないんだったら、私の声が出なくなったときみたいに精神的なもの?


「リタは何か悩みとか抱えてなかった?」

「私が知る限りではなかった様に思います。 ですが侯爵家に来た経緯がありますから、もしかするとトラウマの様なものを抱えていたのかもしれません」

「そっか……そうだよね。 心のお医者さんとかいないの?」

「心のお医者様…ですか?」


うーん……っと言いながら首を傾げて考え込んでしまった。

この世界には心理カウンセラーとか精神科医のような職業はないのかな。


「お医者様ではありませんが、不安なことや辛いことなどがあれば皆教会へお祈りに参ります」

「教会……」


それならローゼンハイム聖下に相談してみれば何かいい方法が見つかるかもしれない。


_コンコンコン。


「どうぞ」

「失礼致します。 レイラお嬢様宛に王宮よりお手紙が届いております」

「ありがとう」


メイドから手紙を受け取り中を見た。ニコラース殿下からだった。


「ちょっとアロイス兄様のところに行ってくるね」

「かしこまりました」


執務室に行くとアロイス兄様は不在だった。


「侯爵様でしたら訓練場にいらっしゃいますよ」

「え? 訓練場?」

「はい。 たまに体を動かしたくなる様でして、本日は訓練場に行かれております」


デスクワークばかりしてるとストレスがたまるのかしら?
教えてくれたメイドにお礼を言って訓練場に向かった。

騎士団の訓練場に着くと、訓練とは思えないほどの熱気を感じた。女性の騎士も数人いる。男性が剣を振るう姿もカッコいいけど、同じ女性があんなに長くて大きな剣を振るっている姿も凛々しくてカッコいい。


「レイラお嬢様!? なにか御用ですか!?」


顔見知りの騎士が少し驚いた様子で話しかけてくれた。


「アロイス兄様を探してたらここに居るって聞いてきたの」


そう伝えると騎士は直ぐに兄様を呼びに行ってくれた。

タオルで額の汗を拭いながら歩いてきたアロイス兄様の姿は見慣れなかった。執務室できっちりした服装のアロイス兄様もカッコいいけど、ラフな訓練着姿もかっこいいと思うのは身内の贔屓目だけじゃないと思う。


「どうした? 何かあったのか?」

「あのね、急なんだけど明後日ニコラース殿下を侯爵家にお招きしても大丈夫?」

「ニコラース殿下を?」

「この前王宮にいる時にご挨拶に来てくれたんだけど、お話しどころじゃなくなってしまったから改めてって事になってたの。 それで私がまた王宮に行った時にでもと思ってたんだけど、ニコラース殿下のお手紙にはうちに来てくれるって書いてて」


手に持っていた手紙をアロイス兄様に渡した。彼氏からの手紙でもないのに、アロイス兄様が読んでいる間妙に落ち着かなかった。

アロイス兄様は私に手紙を返すと、頭をポンポンとした。


「ではその日は私も家にいる様にしよう」

「ありがとう! アロイス兄様! それから今からお出かけしてもいい?」

「どこに行くんだ」

「教会! リタの事を聖下に相談してみようと思ったの」

「暗くならないうちに帰ってくるなら行っておいで」

「ありがとう。 夕食までには必ず帰るわ!」


部屋に戻って急いでニコラース殿下へお返事を書いて、またまた急いで出かける準備をした。

教会に着くと、いつものように私が来ることが分かっていたローゼンハイム聖下はハーブティーとお菓子を用意して待っていてくれた。


「何か悩み事ですか?」


まだ何も話していないのにそう聞かれて、やっぱりローゼンハイム聖下には隠し事はできないんだろうなと思った。それともテオが言っていた様に私はわかりやすいのかもしれない。感情を隠して取り繕うことが得意だったはずなのに、この世界に来てからは下手くそになってしまった様だ。得意なままでいたかったと思う反面、自分らしくいられる事に微かな幸せを感じる。


「私の側仕えのリタを覚えていますか?」

「勿論覚えていますよ。 彼女がどうかなさったのですか?」

「先日突然倒れてしまって……意識は戻ったんですが、ずっとぼーっとしていて元気がないんです。 話しかけても口を閉ざしていてまともに会話もできません。 食事もまともに摂れていないみたいで……どうすればいいのか分からなくて……」

「リタさんを教会へ連れてくることはできますか?」

「リタが嫌がらなければ連れて来られると思います」

「そうですか。 ではもし可能であれば連れてきてください。 光の力を強く持つレイラ様と教会にいらっしゃれば、癒しの効果も大きくなり少しは状態が良くなるかもしれません」

「そうなんですね。 分かりました。 なんとかしてリタを連れてきます」


効果が大きくなるってことは、私がいなかったとしても教会は癒しの効果があるって事よね。今更ながら本当にこの世界は私の知るファンタジーの様な世界なんだと思ってしまった。
こんなことを考えないくらい、早くこの世界に慣れたいな。


「あ! 明後日ニコラース殿下がうちにいらっしゃる事になりました。 何かお伝えする事はありますか?」


ローゼンハイム聖下はハーブティーに口をつけながら、珍しく考え込む様なそぶりを見せた。


「……できる限りお力になります。 そうお伝えいただけますか?」

「分かりました。 必ずお伝えします」

「ありがとうございます」


そう言って微笑むローゼンハイム聖下はとても美しく、まるで美しく絵かがれた絵画の様だった。この方の周りの空気は穏やかで、清らかで心地良い。

神力と精霊の力は相容れないと聞いたけど、この緑溢れる空間にはたくさんの精霊がいる。みんな幸せそうに笑っている。


「レイラ様」

「はい」

「ニコラース殿下の橋渡しをしていただきたいとお願いした私が言うのも申し訳ないのですが…どうぞお気をつけ下さい」

「どういう事ですか?」

「レイラ様はメサイアだと知られてしまいました。 レイラ様はお気付きではない様ですが、王家の護衛がついています」

「え!? そんな話は一言も聞いてないですよ!?」

「レイラ様をお守りするための護衛を秘密裏につけているのでしょう。 貴女はこの国唯一のメサイアです。 本来は王宮にて匿われる身。 攫われたりしないように細心の注意を払っているのでしょう。 ですがそうなってしまった今、私とニコラース殿下との関係を知られない様により一層気をつけていただきたいのです。 まだ何も事情がわからない状態です。 下手に第三者に介入され、ことが面倒になってしまっては大変です」

「き、気をつけます」


護衛がどこにいるのかも分からない私にこの重大な任務が務まるのだろうかと不安になる。


「護衛のことや周りのことを知りたければ、精霊たちに聞くといいですよ」

「精霊たちにですか?」

「レイラ様と精霊は特別な関係です。 本来であれば契約していない精霊にお願いをする事はできませんが、メサイアである貴女が精霊に尋ねれば、精霊たちは応えてくれるでしょう」

「そう、なんですね……それじゃあ行動に移す時は精霊たちに確認する様にします」