41.転移した日



この世界に来た日の事を話さないといけない。だけど口にするのも悍ましくて、中々言葉が出てこない。身体が勝手に震える。膝の上で握った拳が震え、抑える様にもう片方の手で押さえた。


「レイラ、話はまた今度にしようか?」


お父様の気遣いに大きく首を横に振った。

この機会を逃したら私はもう話せなくなってしまう気がした。ある程度事情は話したからもういいだろうと思ってしまうかもしれない。こんな事まで話さなくてもいいかもしれない。だけどどこかでちゃんと向き合って、受け入れないとこれからもあの悪夢にうなされるかもしれないと思うと、ケジメを付けたかった。


「父から逃げてる途中……段差に躓いて転けそうになったところで記憶がなくて……目を覚めたらあの森にいたの……」

「レイラ……答えたくなければ答えなくてもいい……どうして父親から逃げていたんだい?」

「ッッ__」


息苦しくて、胸がつまる。

突然伝わる背中の温もり。お母様とお父様が子供をあやす様に背中を優しく叩いてくれていた。


「っ__学校終わりにおばあちゃんのお墓に寄って夜家に帰ったら、母も姉達もまだ帰ってなくて……だけどリビングに入ったら父が仕事から帰ってきてたの。 部屋に閉じ籠りがちだったから、父と会うのは1年ぶりくらいで……しゃべれないし、父と居る意味もなかったから、飲み物を持って自分の部屋に行こうと思ったの。 飲み物を取ってたら影が落ちてきて……っ、すぐ後ろにはっ、父がいて……っっ」

「ッッ__レイラ……」


ギュッと抱きしめてくれたお母様の腕をギュッと握って顔を埋めた。


「凄い力でッッ_抵抗してもびくとも、しなくてっ、手に持ってたグラスでち、父をッッ殴った__っ、その隙に逃げたのっ_それで目が覚めたらあの森にいた__ッッ」


子供みたいに声をあげて泣く私をお父様とお母様は抱きしめてくれた。

あの時の気持ち悪い感触を忘れる様に2人の優しい手の感触を感じた。

どうして私はこの2人の子供として産まれる事ができなかったの?何度も何度もそう思ってしまう。今更変えられない過去を何度も何度も悔やんでしまう。


「穢れた血だと言われてそうだと思った……」


そう言うとお母様は私の頬を両手で挟んで持ち上げた。


「誰がそんな事を!? 貴女はとても心優しくて美しくて素敵な子よ。 だって私とローランの子よ?」

「あぁ、そうだな。 私たちの子だ。 素晴らしい子に決まっている」

「そうだ! 僕たちの妹なんだ! 穢れているわけないだろ!」


お父様とお母様に続いてグレゴワール兄様の大きな声が部屋中に響いた。


「レイラ、そんな事を言ったのは誰ですか? 可愛い妹を泣かせたのです。 私がやり返しましょう」

「エタン兄様……」

「エタン、そんな物騒な事を言うな。 優しいレイラが困るだろ。 そういう事は本人に聞かずに裏で調べて実行するもんだ」

「アロイス兄様……」

「父上、私もお手伝いします」

「テオまで……」


みんな真剣な顔をしてサラッと物騒な事を言うものだから笑ってしまった。するとお母様は「やっぱりレイラは笑っている顔が一番ね」と言ってくれた。


「そんな事より! レイラ! 僕の歌はそんなに下手だったの!?」


グレゴワール兄様の言葉にギクッとなった。いったいどこから話聞いてたの!?


「あの、えっと……とっても個性的な歌だなって……でも今はとっても素敵な歌声だと思う! 私が歌を歌うのが好きなのはグレゴワール兄様の影響だと思うの」


そう言うとグレゴワール兄様は勢いよく立ち上がって私の目の前に立った。するといきなり腕を引っ張られ、そのまま抱き上げられた。


「グレゴワール兄様!?」

「産まれてきたら絶対に抱き上げるって決めてたんだ。 レイラ、我が家に戻ってきてくれてありがとう」


涙が溢れた。今度の涙は悲しいからでも辛いからでもない。嬉しいからだ。


「兄様たちの妹になれて幸せ」


グレゴワール兄様の首に腕を回して抱きしめた。すると次から次にバトンタッチするかの様に兄様達に抱き上げられ、何故かテオにまで抱き上げられた。そして最後力強く抱き上げてくれたのはお父様だった。