40.過去


私の体を抱きしめたまま、ただただ泣いているお母様。そして手を握り私を見上げるお父様。その目には涙が浮かんでいて、お父様のそんな顔を見たのは初めてで、胸の奥から湧き上がる感情は涙として溢れ出た。涙のせいでお兄様達の顔もよく見えない。


「どうして黙っていたの!? 一人で抱え込むなんて__っ!!」


お母様の言葉に言葉を詰まらせていると、アロイス兄様に頭を撫でられた。


「責めているわけじゃない。 ただもっと早くに話してくれていれば、レイラがこんなに苦しい想いをする前に助けられたんじゃないかと思っているだけだ」

「っ__アロイス兄様……」


涙が止まらない。けど、ちゃんと話さなきゃ……。


「こんなっ、都合のいい話し……怖くて、出来なかったの……」

「都合がいい? どうしてそんなふうに思ってしまったんだい?」


私が怖がらない様に、不安にならない様に、優しい声で話をしてくれるお父様。


「だって……血は繋がってないのに、魂はたまたま見つけてくれた方の家の魂だなんて……胡散臭いでしょ? わ、私にしかっ__得なんてないもの__っ」

「レイラ……貴女はその事をいつから知っていたの?」

「……お父様がお家へ連れて行ってくれてすぐの頃。 アル__精霊王が教えてくれた。 私は本当はヴァレリー家に産まれる筈だったけど、魂が飛ばされてしまったから神様達と力を合わせて連れ戻したんだって……」

「連れ戻した? どこからですか?」

「こことは違う世界……私は日本っていう国で生まれ育ったの。 言葉は精霊達の力で直ぐに理解できたけど、文字は全然分からなかった」


お兄様達はみんなで顔を合わせた。

突拍子のない話をしてる自覚はある。当事者である自分だって信じられない気持ちがあるんだもん。だから、全部は信じてもらえないかもしれない。

思わず手をギュッと握ると、繋がったままのお父様の手もギュッと力が込められた。目が合うと、お父様は落ち着かせる様に微笑んだ。


「場所を移そうか」


移動中会話はなかったけど、お母様は私の手を握ったまま離そうとしなかった。その手の柔らかな感触と温もりは信じられないくらい安心させてくれた。

居間に移動してそれぞれソファーに腰掛けた。私はお父様とお母様に挟まれて、フカフカのソファーに腰を下ろした。さっきまで気付かなかったけど、テオもいた。顔色の悪さもすっかり消えていて、ホッとした。


「私の日本の家族は両親と姉が2人いて、5人家族だった。 小さい頃に教会で歌う機会があって、その事がきっかけで歌のお仕事をする様になったの。 舞台やコンサート……この世界では演奏会って言った方がいいのかな……その演奏会に呼ばれて歌ったり、テレビ……えっと……とにかくいろんな人が観るところで歌ったり……私の予定を管理してくれていたのは母だった。 小さい頃は母は私の事を愛してくれていると思ってた。 けど成長するにつれて分かった……母は私を娘としてではなくて、お金儲けの道具としか思っていないって……」


私が学校にちゃんと通いたいとお願いした時母は言った…『歌を歌ってみんなに元気をあげられるのはゆうなだけなのよ』と。歌を辞めたいと言った時母は言った…『お母さんはゆうながキラキラした中で歌う姿がとっても大好きなのよ』と。だけどその母を疑い出したのは中学一年生の頃だった。業界の偉い方との会食日、私は初経を迎えた。初めての事で気が動転したし、お腹も信じられないくらい痛くて、今まで仕事を休んだ事はなかったけどその日はどうしても休みたいとお願いした。けど母は許してくれなくて、しつこくお願いしていると両肩を強く掴まれ『ゆうなはお母さんの事が嫌いなのね』と鬼の様な形相で言われ、結局は食事に行く羽目になった。それから段々と私の言葉は母には届かなくなった。


「姉2人は母を独り占めする私の事が気に入らなかった。 最初は傷つく様な事をたくさん言われて落ち込んでたけど、段々と姉達の言葉に反応しなくなった私が面白くないのか、家の中ではいないものの様に扱われた」


涙をなんとか堪えようとしてくれているお母様だけど、それはどうやら難しい様で頬を伝って落ちていく。そんなお母様の手をそっと握り、私は微笑んだ。

私はたくさん泣いたから、今度は笑ってあげる番。


「私の事を大事にしてくれていたのはおばあちゃんだけだった」

「父親は?」


お父様の言葉に首を横に振った。


「父は仕事人間で色んな国に行っていて、殆ど家には居なかったの。 だから家のことは母に任せっきりで、家族に関心のない人だった」


あの日までは……。

今思い返してもおぞましい。


「おばあちゃんは病気で入院してたの……ある日おばあちゃんの容体が悪化したって母に連絡が入った。 だから私は仕事よりおばあちゃんのところに行きたいと母に懇願した。 けど母はそれを許さなかった。 もしも本当に危なくなったら言うからって……」


何故そんな言葉を信じてしまったのか……自分が愚かでならない。母のことは誰よりも分かっていた筈なのに……。


「仕事が終わっておばあちゃんに急いで会いに行った……けど、もうっ__あんなに私の事を大事にしてくれてたおばあちゃんを__っ、一人で逝かせてしまった」


あの日のことを思い出すと、情けなくて、悔しくて、悲しくて今でも涙が溢れる。

姉達は私の事を可愛がっていたおばあちゃんの事が気に入らなかった。だから危篤だと聞いても駆けつけもしなかった。海外にいた父は間に合わなかった。義母の事をよく思っていなかった母も悲しむどころか私の目の前で悪びれた様子もなく『せいせいした』と言い放った。


「その日を境に私の声が出なくなったの……お医者様は精神的なものだろうって……母は最初は声を取り戻そうと必死だったけど、やる気のない私に痺れを切らしたのか、使えなくなった道具はもういらないというみたいに少しの関心も見せなくなった。 声を失ったけど、私は自由を手に入れられたんだって……毎日おばあちゃんのお墓に会いに行ったの。 今まで話せなかった事、思ってる事、どれだけ私がおばあちゃんのことを好きなのかたくさん伝えた」

「とっても素敵なお祖母様だったのね……私もお会いしてみたかったわ」

「会えばきっとお母様もおばあちゃんの事大好きになるよ。 お母様だけじゃない……お父様やお兄様、テオやジュリオ……ヴァレリー家のみんなに会って欲しかった」