直哉と過ごす最後の日。


その夜、私は、自分の家の部屋にいた。



会ったらもう最後。


「行かないで」って口に出してしまいそうで。


だから、最後の日は電話だけにしようって、私の方から提案した。



スマートフォンから着信音が鳴る。


相手はもうわかっている。



「もしもし」


『……本当にいいの?』



直哉はどうやらこの電話での最後は嫌なようだが、これは私も譲るわけにはいかなかった。



「うん、いいの」


『そっか』



直哉はもうそれ以上何も言わない。


私の意見を尊重してくれる。


わかってた。


何年一緒にいたと思って。



「明日、何時に出るの?」


『日付がかわったくらいかな』


「そっか」


『……來花』


「ん?」


『明日、朝、俺の部屋に来て』


「なんで?」


『なんでもいいから。来ればわかる』


「……わかった」


『そんで、泣けよ。俺がいなくなっても』


「なにそれ、普通そこは泣くなよでしょ」


『お前の場合泣かないと踏ん切りつかねえ質なんだから、大いに泣け』


「彼女に泣けっていう彼氏がどこにいんの」


『ここ』


「はいはい、そうですね」



相変わらずの会話に、笑みがこぼれる。



『……わり、思ったよりも、叔父さんの送った使いが早くこっちに到着しそうらしい』



だけど、時間は無情にも私たちの時間を奪っていく。



「いかないで」という言葉を、私は生唾と共に飲み込んだ。



「うん、わかった」



今までさんざんわがまま言ってきた。


だから最後くらい素直な彼女でいよう。


そう思った。



「じゃあ…」


「言わないで!」



直哉がある言葉を言いそうになったところで、私はその言葉を遮った。



「何?」



電話口の向こうで直哉が戸惑っているのがわかった。



「さよならなんて、言わないで」



さよならなんて、言ったら一生のお別れになる気がした。


一生のお別れなんだろけど、そんな言葉で、私たちの関係を終わらせたくはなかった。



「また、逢う日まで」



私がそういうと、直哉が少し笑ったのがわかった。



「ああ、また逢う日まで」



直哉のその声を聴いた瞬間、私は耳からスマートフォンを離し、ベットへ倒れこんだ。



大好きだった。



これ以上ないくらいに幸せだった。



だからこそ、この襲い掛かってくる虚無感が私の胸を強く強く締め付ける。



――――さよなら、私の青春。大好きだった人。


流れ続ける涙を私は止めようとは、しなかった――――。