夏休みが明けたころだった。
相変わらず、ホクトとして來花とメッセージのやりとりをしつつ、來花の部屋でゲームするふりをして、会社について勉強する日々が続いていた。
しかし、いつも帰ってくるはずの時間に、來花か帰ってこず、心配になり、俺は、來花の部屋を出て、ある人物に電話を掛けた。
3コールならないうちに、相手の人物は俺の電話を取った。
「何か用?」
俺の電話に出た瞬間、少しではあるが、カズヤの様子が変なことに気づいた。
いつもの余裕のある声ではない。
「來花となにかあっただろ」
何か確信があったわけじゃない。
だけど、なんとなくそんな気がして。
「……本当に、歩人。お前はよく他人の考えていることがよくわかるよな」
電話口の向こうで、静かに笑ったカズヤ。
嫌な予感がした。
「何したんだよ、さっさと言えよ」
「わるい、歩人。先に謝っとく」
「いいから言えって」
「……俺がホクトだって、嘘をついた」
「は?」
意味がわからなかった。カズヤがそんな意味のないことをしたことに対して、俺は理解が追い付かなかった。
「悪い。こうするしかなかったんだ」
「どういうことだよ」
「……近々、こっちの世界に加納さんがやってくる。この意味わかるよな」
加納さん。
それは俺の叔父にあたる人であり、父さんがこっちの世界にいる間、取締役代理を務めていた人だ。
非常に冷酷な人であり、親族であろうが、才能がないと見込まれた人は容赦なくきられる。
温厚なうちの父親とは真逆な性格をしてるといっていい。
「なんで、おじさんが?」
加納さんは、会社の経営以外には何も興味を示さない人で、実際俺もまともに話した記憶がない。
「次期、会社の代表になる歩人がどんな人物なのかという視察と共に、今の歩人の暮らしぶりを見に来るらしい。向こうからの情報だと、來花ちゃんのことも少しきになってるとか」
「なんで、來花のことまで」
「歩人がここに残った理由が、來花ちゃんだっただろ?当時、天才だと言われ、人に興味を示さなかった歩人を、引き留めた女性がどんな人かを見に来るらしい」
「……それは誰からの情報なんだよ」
「旦那様から」
「……じゃあ、確実に来るな。でも、なんで、その話とお前が、ホクトだって嘘をついたことが関係してくるんだよ」
「この世界に来るときに約束は知ってるだろ?」
「ああ」
「そのなかに、自分の実名を決して明かしてはいけないって、項目があったのを覚えてるか?」
「もちろん」
「來花ちゃんの中で、ホクトは今や特別な存在になっていて、だけど、実態はなかった。そこに、加藤さんが現れて、もし、來花ちゃんが何の悪気もなくホクトの話をしたらどうなる?」
一瞬、全身から血の気が引いたような気がした。
「加藤さんが、お前と來花は実名を明かしてしまった関係だと勘違いを起こしてしまっても、仕方がないと思わないか?」
カズヤの話に俺は、何も否定することができなかった。何も反論することができなかった。
ただ、黙って聞いていることしかできなかった。
「だからお前がホクトだって嘘をついたのか」
「ああ、そうしたら、來花ちゃんの中でのホクトに実体が与えられることになっただろ。そうすると、ホクトの話をするときは、『ホクトが』とは言わず、『立花さんが』っていう主語に置き換えられるってわけ。來花ちゃんの中で、ホクトは俺の偽名に過ぎないと思ってるから」
「……。悪かった」
そこまでカズヤが考えて行動してくれているとは思わなかった。
怒りに任せて、取ってしまった最初の態度を俺は反省し始めていた。


