「……歩人がここに残りたいって言った理由が少しだけわかった気がするよ」
嫌な予感がした。
俺は生唾を飲み込んだ。
「來花を……。好きになったのか?」
「さあ」
カズヤの声のトーンはまじめだ。
來花に対する想いは、俺と同じであるということはもう確信していた。
「……どうする気だよ」
「別に、いまさら來花ちゃんに何かしようとはもう思ってないさ」
途端にカズヤの声は少し明るくなった。
「あきらめるってこと?」
「うーん、すぐには難しいから、自分の気持ちがこれ以上高まらないように、さっきも言ったけど、來花ちゃんから離れることにしたよ」
「離れるって」
「当分の間、別の店舗にヘルプに行くことが決まったんだ。だから当分來花ちゃんとは会わないさ」
カズヤのその言葉に何も言えなかった。
カズヤはやっぱり俺より大人だ。
「來花のためにはなれるんだろ?」
「いいや、自分のためだよ」
來花をこれ以上好きにならないために、あえて離れる道を選んだカズヤ。
好きになったら、自分勝手に來花を傷つけてしまうと、思ったのだろう。
今の俺のようにならないために。
「……そういうところほんとむかつく」
気づけばそう俺はカズヤに言っていた。
カズヤが電話口で、笑っている声が聞こえた。
さっきまで、カズヤに怒っていたはずなのに、今はもうカズヤへの怒りは感じない。
それ以上に何か温かいものが、俺の胸の中を覆いつくしているような気がした。
俺もカズヤも同じ人を好きになった。
気づけば好きになっていたのだろう。
恋っていうのはそういうものだと思う。
気づいたときには、もうすでに、手遅れになっている。
電話口の向こうで、誰かがカズヤのことを呼んでいる声が聞こえた。
怒りに任せて電話をしてしまったが、カズヤは今仕事中だ。
「わるいけど、仕事にもう戻らないといけないから、電話切るよ」
「ああ」
俺の返事を聞くとすぐにカズヤは電話を切り、俺はスマートフォンを再びポケットに入れなおした。
ゆっくりと俺は、この世界の風景を見ながら歩く。
空も、風も、植物も、水も、すべてプログラミングしてある俺の生まれた世界。
しかしここは自由だ。
みんな自由に流れ続けている。
この世界のすばらしさをきっとこの世界に住んでる人たちは知らない。
失って初めて気づくということは、きっとこういうことなんだろう。
だから、プログラミングしてまでも、人々はみな、失った世界を取り戻そうとしたんだ。
カズヤもケントも、この世界への別れの準備を始めていた。
もう季節は春から夏になろうとしている。
俺にとってこの世界での最後の夏がやってくる。
俺は、歩くスピードを速めた。
向かう場所は決まっていた。


