その時、タイミングよく、俺のスマートフォンの着信音が鳴る。
大体誰かは予想できた。
俺はポケットから、スマートフォンを取り出すと、予想通りの名前がそこに表示されていた。
俺は迷わず、通話ボタンを押し、スマートフォンを耳に当てた。
「お疲れ様」
俺のその第一声に、電話口の向こうから笑い声が聞こえた。
「私ってやっぱり、仕事できる系女子ね」
「そういうところですよ、花蓮さんのモテないところ」
「ちょっ!モテるから、あの來花の彼氏釣りあげて、そのまま何もせずに捨てるっていうことができたんでしょうが」
「その技通じるの多分、中学生までですから」
「生意気な……」
言葉は、乱暴だが、花蓮さんは笑っているようだ。
「どうやったんです?」
「ああ、聞きたい?」
「まあ」
「連絡先を交換してから、向こうから会いたいって言われたのよ。だから、今付き合ってる彼女と別れたからにしてって言ったの。そしたらもう、一瞬よ。すぐ別れたってメッセージが来て、連絡先削除して、ブロックしてやったわ」
「流石」
「まあね。それで、來花はどう?」
「どうって……」
正直言いにくかった。
來花のためにやったこととはいえ、ティッシュひと箱無くす勢いでさっきまで泣いていたのだ。
でも、どうせ、花蓮さんが家に帰って、來花の腫れた顔を見れば、気づくことだ。正直に言うしかなかった。
「さっきまで、俺の家で大泣きして、すっきりして帰りました」
「あ、そう。泣いたのね。それですっきりしたのか」
しかし、花蓮さんの反応は意外なものだった。
あっさりと、それを受け入れた。
「まあ、すっきりしたって自分で言ってましたから」
「なら大丈夫よ、あのこはもう」
「大丈夫って……」
「大泣きしたんでしょ?直哉の前で、來花が」
「まあ」
「それで、帰るころにはどうせあの子、すがすがしい顔して帰ったんでしょう?」
「よくわかりますね」
「直哉よりは、私、あの子と一緒にいるからね」
「そうですね」
「……あの子が涙を流しているうちは、まだ元気な時よ」
「え?」
急に、花蓮さんの声のトーンが、ワントーン低くなった。
「悲しいことがあって、あの子が笑いも、泣きもしなくなったとき。その時は、直哉。あなたがそばにいてあげて」
泣きも、笑いも、しなくなったとき?
まだ、俺は來花と出会ってから2年しかたっていない。
しかし、その2年間で來花にとっては悲しいことなんてたくさんあった。
最近でいえば、俺の両親がここを出ていくときだろう。
來花が、誰よりも一番泣いていた。
自分の感情に、素直な子だと思っていた。
だから、そうなる來花が、俺にはとても想像できなかった。
「來花がそうなったことがあるんですか?」
「一度だけね。父さんが亡くなった時だった」
「……」
「頼りにしてるわよ」
「はい」
「じゃ、今日、夕食食べに来るのよね。その時また会いましょう」
そういって、花蓮さんは、通話を切った。
俺はリビングのソファーの上で、しばらく動けず、そこに座っていた。
浜辺家の大黒柱が亡くなったのは、今から約5年前。
來花が小学2年生だったときだ。
それくらいしか知らない。
どのようにして、その悲しみを乗り越えたのかも全く知らない。
なんだか聞くタイミングもなく、今日にいたっている。
気づけば、浜辺家へ夕食をいただきに行く約束の時間になっていた。
俺は、ゆっくりと立ち上がり、リビングの外へと足を運ぶ。
考えたって、この俺にわかるはずがない。
今はとりあえず、用意してくれた來花のお母さんのおいしい料理でも食べに行こう。
きっとあのにぎやかな家族と話をしているうちに、そんな考えはいつの間にか忘れてしまうのだろう。
それでいい。
過去なんて、もう過去だ。
今、楽しい生活を、にぎやかな生活を浜辺家は送っている。
これが今だ。
今が、幸せなら、過去はどうだっていい。
ただ、過去の過ちをもう一度繰り返すことのないようにすればそれでいいのだから。


