俺たちは、さっきまで持ってもらっていた荷物をしっかりと持って、ゲートをくぐった。
その瞬間だった。
一瞬目の前が急に真っ白になって。
そして、聞こえた。
風の音が。
においがした、青臭いにおい。
きっとこれは木々のにおい。
目を開ければまぶしかった。
きっとこれが太陽。
「ついた」
隣で父さんがぽつりと、そういったのが聞こえた。
それから、始まった、俺たち家族のこの世界での暮らし。
家は、過去パスポートを管理する人たちが用意してくれていたようで、僕たちはその住所まで地図をたどって向かった。
これから住む家に到着た時、隣の人たちが挨拶をしに来た。
そして君と出会った。
「はじめまして」
君は当時の俺にとってはまぶしかった。
前の世界では、直野一家は指折りの財閥だった。
周りは変に俺に気を使っていた。
執事の2人以外は。
何も知らないとはいえ、俺にそう、普通に接してくれたことが嬉しかった。
君は、笑顔で挨拶して、何の躊躇もなく、俺に握手を求めてきた。
「引っ越してきたんだよね。これから、よろしくね。私、來花。君は?」
「なおや」
俺は、そういって、幼い來花の手をそっと握った。
ここに来る前の新幹線の中で、父さんが俺と母さんに、1枚のカードを渡してこう言った。
「これは、向こうの世界で病気になったときに使うことのできる健康保険証っていうカードだ。安く診察してくれるのと同時にこれが、向こうでの身分証明書となる。向こうでの名前がそこに書いてあるから、ちゃんと覚えてほしい」
父さんから渡された俺のカードには『小池直哉』とそう書いてあった。
「直哉ね。わかった。この町のこと、わからなかったらいつでも聞いてね」
満面の笑みを見せた來花。
そしてそっと離れた握っていた手。
この日から、來花が俺の家に頻繁にやってきた。
きっと世話焼きな性格なのだろう。
毎朝、來花が俺の家に迎えに来るところから、俺の一日が始まった。
この世界の小学校の授業なんてとうの昔に習ったことばかりで、俺にとっては憂鬱以外、何物でもなかった。
しかし、俺の両親は、この世界の人らしくしなさいと学校に行かないということは、決して許さなかった。
そのため、來花が俺を迎えに来て、嫌がる俺を無理やり学校に連れていくということは、両親にとってみればありがたかったようだ。
つまらない学校が終わると、來花は他の友達と帰ればいいものを、お隣さんの俺という存在がどうも、大切だったようで、友達と一緒に帰るのを断ってまで、俺と帰ろうとした。
家に帰ると、大体母さんが、そのことを予知していたようで、しっかり來花の分のお菓子を用意して待っていた。
今思えば、母さんの作るおやつ目当てに、俺と一緒に帰っていたのかもしれない。
來花と俺はいつもそのおやつを一緒に食べ、たまに俺がいらないというと、來花は俺の分のお菓子まで食べ、家にあったボードゲームを何ゲームかして、來花は自分の家に帰っていく。
そんな日々がいつの間にか俺にも、來花にも定着していた。
この世界に俺たちの一家はどんどん馴染んでいった。
それもきっと、隣の浜辺一家の力があってのことだと思う。
幼いころ、一家の大黒柱である父親を事故で無くしながらも、母親が力強く育てたこの家の子どもたちは、明るく世話焼きで、頼もしかった。
この世界のことも、この町のことも、教えてくれたのは、まぎれもなく浜辺一家だ。


