私と直哉の家は、徒歩3秒。
玄関を出て、すぐ右隣りの家のチャイムを激しく鳴らした。
すぐ出てこない直哉にイライラして、合いかぎが隠してあるプランターの裏から勝手に取り出し、勝手直哉の家の玄関の扉を開けた。
いつも直哉は私の部屋に勝手に上がってるんだ。
これくらいのことをしたって、許されるはず。
玄関の扉を開けると、生活感のない玄関が私を迎える。
こんな広い家に1人なんて贅沢すぎる。
きっと、使い余しているのだろう。
直哉の家に入るのは、なんだかんだ言って、数年ぶりだ。
だけど、数年前、何回も遊びに来たことがあるだけあって、間取りは頭の中に入っている。
玄関を上がって、廊下をまっすぐ行くと、階段がある。
階段をゆっくりと上がり、また廊下がある。
廊下の突き当りが直哉の部屋だったはず。
私は、直哉の部屋の扉に手をかけた時だった。
複数人の声が、私が扉を開くのを躊躇させた。
直哉のほかにもう一人……いや、二人、私よりも先に来訪していたようだ。
「お前らには、一生敵いそうにないな」
扉の奥から聞こえてくる直哉の声は少し、笑っているようだ。
いつもの声よりワントーン声が高い。
しかし、何やら真剣な話をしているようなので、出直そうと思い、扉に背を向けようとした時だった。
「それはこっちのセリフさ、ホクト」
懐かしいその名前に、私は去る足を止める。
……ホクト?
ブロックしたあの日から、1度もホクトとやり取りはしていない。
裏切られたにもかかわらず、喪失感が当初はあった。
しかし、時間というものは偉大だ。少しずつ少しずつ私のその傷を癒してくれた。
そんな彼の名前が今なぜ、直哉の前でされているのか、私は理解が追い付かず、扉の前で固まることしかできなかった。
「ホクト、いや、直哉。何回も言うようだけど、この世界での残された時間はもう、分かってるよな」
膝が、がくがくと震え出した。
見えて居る景色が、少し歪んで見えるのか気のせいだろうか。
これが夢であってほしい。
夢から覚めてまだ学校へ行って、バイトから帰ったら、直哉がソファーでゲームをいつものようにしている。
そんな、平凡な毎日がまた始まればいい。
そんな朝を今私は待ちわびている。
「ああ、わかってるさ」
「ならいい」
今、私は確信した。
自然と、涙がこぼれていた。何の涙なのか、確信はない。
ただただ、頬をとめどなく涙が流れ続けてた。
なぜ、今ここにいるの――――立花さん。
「お前の覚悟、ちゃんと聞けて良かった。わざわざ来たかいがあった」
「ああ、俺も言えてよかった」
自分の感情がコントロールできなくなるということは、こういうことなのだろうか。
涙が止まらないのに、口角が上がった。
なんだ。センニチコウの店長さんまできてるのか。
だから、聞き覚えのある声だったのか。
今ここで何が起きているのか私には、よくわからない。
何が本当で何が嘘なのかも私にはもうわからない。
――――もはや、誰を信じていいのかも、私にはもうわからない。
「話変わるけど、ここに来るのはしばらく二人とももうやめてくれ、あまりにもリスクが大きい。加藤さんのほうは、俺一人で何とかする」
「じゃあ、また連絡する。困ったらいつでも電話してくれ。あと、今後の話をもう少し詰めて話したいから、今度はお前がこっちにこい。会場はガクのところでいいだろ。時間はまたあとで連絡する」
「ああ、了解」
直哉のその言葉を皮切りに、私の目の前にあった扉が開いた。
その扉を開けた立花さんは、私を見るなり、目を丸くし、その場で硬直した。
「……來花ちゃん」
立花さんが、そう静かに私の名前を呼んだ。
その瞬間、私の足は限界だったようで、自分の身体を支え切れず、私は目の前の立花さんの胸に、倒れこみ、そして意識が遠くなった。
ああ、やっと夢から覚める。
なんだか安心して、私は目を閉じたんだ。


