「……えっ!」



それは急だった。



私の左に座っていた直哉は、右手を私の首に回す。直哉のきれいな顔が私の目の前にある。



そして、直哉の顔は私の左耳のほうへゆっくりと動く。



「……キス、すると思うか?」



全身に、まるで電流が流れたようにしびれる。


顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。


全身の血流が早くなっていくのがわかる。



「何やってんのバカ!!」



私は、恥かしさに耐えられず、直哉の胸板を思いっきり押した。


直哉は、ソファーから落ち、大きな音を立てて尻餅をついた。


今頃下にいるお母さんは、びっくりしているだろう。



「ちょっと、大丈夫?」



案の定、一階からお母さんの声が聞こえてきた。



「大丈夫―」



私がそういうと、お母さんは、足音を立てて遠のいていくのがわかった。


また料理の続きにでも向かったと思われる。



音を立てた本人はというと、相当お尻が痛かったのだろう。


うつむいて、痛みに耐えている。


自業自得だと言いたいが、さすがに少し強く押しすぎたか少し私も反省する。



「ごめん、強く押しすぎた」



私はソファーの下にいる直哉に、ソファーの上から手を伸ばす。



「男突き飛ばす女なんて、そうそういないからな」



直哉は、そういいながらも私の手をとり、再び私の隣に座った。


まだ、お尻が痛むのだろう。


顔が少しひきつっている。



「直哉が悪いんだからね」


「立花って人の時も突き飛ばしたのかよ」


「……いや」


「……え?」


「だって……嫌じゃなかったし」


「……」


「……直哉?」


「その立花って人のこと、好きになったのか?」


「……。さあ。でも嫌じゃなかったんだよね」



直哉にこんな男女関係の話をするのは、高校入学して間もなく、初めての彼氏ができた時以来だった。


だけどその時は、私の彼氏事情には全く興味がなさそうで、私の部屋で相変わらずゲームをしていたから。



だから、正直戸惑っていた。


この状況に。



「ふーん。そっか。よかったな」


「んー、よかったのかな」



だけど少しだけ嬉しかった。


直哉が私の話を真正面から聞いてくれることが。



「好きな人ができないって、前嘆いてただろ?高2の終わりだったっけ」


「よく覚えてるね」


「聞いてないようでちゃんと聞いてるからな。聞いてるようで聞いていない來花とは違って」



直哉は、私の隣で口角をあげ、意地の悪そうな顔をする。


言い返したいが言い返す言葉が見当たらない。言い返したところで、倍になって帰ってくるから、これくらいで呑み込んでおいたほうが、身のためだと察する。



「ご飯できたよー、直哉くんの分もあるからねー」



丁度そこへ、一階からお母さんの声が聞こえた。



私たちは腰かけていたソファーから立ち上がり、階段を降りた。