きみのへたっぴな溺愛



岡野先生の「ご苦労」の声とともに、プール掃除は案外呆気なく終わった。

途中、小さな虫に悲鳴が上がったり、ホースから流れ出る水に叫んだりしたけど。   

それはそれで楽しかった。

結んでいた髪をほどいて整えながら、まりやと教室に戻ったら「あ」と声が重なる。

私とまりやと、それから…遥斗くんの声。



「あ、あたし急がないと!じゃあね、衣織。お疲れさま」



教室に入るや否や、まりやはそう言って鞄を手に取り、すぐに出て行ってしまった。

…去り際に華麗なウインクを残して。

彼女は意外とお茶目なところがある。
と、昨日の今日でわかった。

きっと、絶対、気を遣ってくれたから、「ありがとう」と心の中でお礼を言った。


席に座る遥斗くんを見る。

「あ」と反応してしまった以上、スルーするのも変だけど、言葉が出てこない。

心臓はドキドキと十分なくらい動くのに、どうして口は動かないんだろう。