「お邪魔しました」


そう言って遥斗くんは玄関のドアを開ける。

彼につづいて私も家の外に出た。

数メートル先のお隣だけど、お見送り。

1秒でも長く一緒にいたい気持ちと、お母さんとの会話が気になってしまう。

ふたりとも小声で話すから、聞き耳を立てても何一つ聞こえなかった。


我慢できずに口を開く。


「遥斗くん…。お母さんと…なに話してたの?」

「…衣織ちゃんが可愛いです。って…」

「えっ……」


誤魔化された…とわかるけどそれよりも。

いつの間にか定着した“衣織ちゃん”呼びや、“可愛い”という言葉。

それに意識を持っていかれてしまった。



「…素敵なお母さんだね」

「…うん」

「じゃあ、おやすみなさい。衣織ちゃん」


微笑みを残して隣の家に入る遥斗くんに、そっと手を振る。

なんだか目まぐるしい1日だったけれど、大切な人たちが笑っている。

そのことが幸せだと思った。