「もう一度はじめよう」
「…私、あなたと別の人と結婚したのよ」
「俺だって、他の子と付き合った事あるよ」
「私、卒業まで耐えることができなかったのよ」
「俺だって、耐えられなかったのは一緒だよ。それに社会人なりたてで余裕がなくて、佳苗のことを考えてやれなかった」

 私はいつの間にか大粒の涙がボロボロと頬を伝っていて、彼はそれを見てクシャッと笑った。「ここが少し奥の席でよかったな、周りの客が見たらびっくりするぞ」なんて言って。

 私が、思い出さないよう、振り返らないよう、見ないふりをして、他に幸せを求めてまで、この十年抱え切れないほどに膨れ上がった未練を拗らせてきたように、彼もまた、同じように拗らせてきたのかもしれない。

「ふふ。執念深いともいえるね」
「男の執念は怖いぞ」
「負けてないと思うわ」
「佳苗、時間は?」
「もうあと五分で終電は出ちゃうわね」
「なら、今から行っても間に合わないな」
「狙っていたの?」
「まさか。でもせっかく終電を逃すなら、改めて乾杯しようか」

 私たちの様子を、先ほどから何事かとチラチラ覗いていた店長がジンライムを二つ持ってやってきたとき、その人は私の顔を見てこう言った。

「そういえば思い出しましたよ。十二年前、田代くんのバイトが終わるまであそこのカウンター席で待っていた子、ですよね?」

「はい。そうですね、すごい記憶力」
「結構印象的でしたから」

 フフッと含みありげに私たちを見比べて、店長が去っていく。

「あとで店長から鬼のようにメールがきそう」
「それは、わざわざここを選んだんだから仕方ないね」

 私達は顔を見合わせて、笑った。
 十年分の、色褪せぬ想いを乗せて。

「乾杯」