「莉奈に折り入って頼みがある。俺と結婚してくれないか」

 今私にプロポーズのような言葉を吐いた男、青木慎吾は、それはそれはかなり気まずそうな表情で、私を見ている。それが結婚を申し込む時の顔か?

「ごめん青木、何言ってるか全然わからない。端折らないで説明してくれる?」

 私は私で多分ものすごく微妙な、喜べないし怒れないし泣けないし、どういう顔をすればいい?という表情で、青木に質問を返した。

 いつもの大衆居酒屋ではなく小洒落たバーに連れてくるから何かあるだろうとは思っていたけれど、流石に結婚は予想していなかった。というか片想いの相手から突然プロポーズされるなんて想定外すぎて、私の思考回路はまさにショート寸前だった。


 青木と私は高校時代からの腐れ縁。高校三年間クラスが一緒で、学部は違うけれど同じ大学に進学し、就職先もお互い新宿区内にあったため今でもよく一緒に飲みに行く。互いに男女を意識することなく長い間親しい友人として付き合ってきた、というのが建前。本音は、私の十年に及ぶ片想いの成れの果てだ。

 私自身、青木のことを大学卒業する手前までは友人としてしか見ていなかった。死に物狂いで卒業制作を提出した十二月二十五日、世間はクリスマスだと言うのになぜこの日が締め切りなのか、同学科の四年生全員が教授陣を軽く呪っていたその頃、青木は高校時代から付き合っていた彼女と悲惨な別れを経験していた。

 その子は同じ高校なので私も知っていて、確か関西の大学に進学して、遠距離恋愛を四年間続けていたはずだ。もうすぐ大学を卒業して、彼女も東京に戻ってくるので卒業後が楽しみだなんて、よく惚気話を聞かされていたことを覚えている。だからクリスマスも、関西まで会いに行くと張り切っていた。

 にもかかわらず、クリスマス当日の夕方、青木は私が住むアパートの玄関前に立っていた。

「何してんの?真由ちゃんは?」

 私は卒制提出後のボロボロにくたびれた状態で、流石にこの格好を友達といえど男の人、というか他人に見せるのはかなり気が引けたのだけれど、インターホン越しでもわかるぐらい青木の顔が絶望に染まっていて、仕方なく玄関を開けた。

「真由、卒業してもこっち帰ってこないって」
「え、なんで。就職先こっちじゃなかったの?」