「ダメだよ依ちゃん彼氏なんか作っちゃ、俺が寂しくなっちゃうじゃない」
「門真さんは奥さんと仲良くすれば良いと思う」
「仲良くできていたら今ここに居ないよねえ」
「少しくらい頑張りなよ」
「厳しいこと言うねえ」

 毎回、こんな感じで金曜日の夜は更けていく。二時間経つ頃には二人ともほどほどに酔っ払いだ、同じ話を繰り返しだす前に、どちらからともなく会計をお願いする。けれど今日は 財布を取り出そうとした私の手を、門真さんが制した。

「依ちゃん、あと一杯付き合わない?」

「珍しい、どうしたの?」
「今日、あの人帰ってこないんだよね」
「うん?」
「大学時代の女友達とお泊まり女子会、なんて、見えすいた嘘だよねえ。普段誰とどこに出かけるかなんて言わないくせにさ」

 そう言って、門真さんが私の肩にもたれかかってきた。ふわりと爽やかなシトラスの香りがして、彼の少しクセのある髪が私の頬をくすぐる。泣いているのかな、と思ったから、私は彼の頭を撫でてあげた。

「仕方がないなあ」

 いつも甘えさせてもらっているお礼に、たまには付き合ってあげるよ、と言って店長にフロストバイトをふたつオーダーした。甘みがあってクリーミーな味わいの白いカクテルは、デザートがわりにちょうど良い。 

「ふふ、なんだかんだ言って優しいよね、依ちゃんは」

 そう言ってフロストバイトを飲む門真さんは、私の肩にもたれるのをやめたあとも、いつもよりなんだか距離が近かった。

 肩と肩がくっつくようでくっつかない、絶妙に近い距離。私の視線に気づいた彼がこちらを向いて、互いに顔を見合わせたら近すぎて恥ずかしくなる、そんな距離。

 そのまま目を離せずに五秒、彼が不敵な笑みを浮かべた。

「キス、したくなった?」

 その目が妙に色っぽく見えて、全身絡め取られた気持ちになって、顔と言わず首と言わず身体全てが熱くなるのを感じる。

「調子に乗るんじゃない」

 んっ、と目を閉じてキスをせがむ彼にデコピンをして、顔をそらすと慌ててグラスに口をつけて、自分の唇を物理的に塞いだ。

 彼はまだ、こちらを見て楽しそうに微笑んでいる。