別に故人に操を立てて、十七回忌が終わったら恋愛解禁などと思っているわけではなく、十年も経てば、今とは気持ちが違うかもしれないと言う憶測があるだけだ。

 結婚生活はたった四年、夫はある日突然天国へ行ってしまった。当時は何も手につかず、現実を受け入れられず、後を追いたいと何度も思った。けれどいつしか悲しみは薄れ、夫は思い出に変わった。

 それでも、もう一度誰かと恋愛を、という気持ちにはまだなれそうにない。

「十年経ったら、俺きっと今よりいい男になりますよ」 
 彼が自信ありげにこちらを見る。

「そうね、十年後の鹿島くんはきっと良い男になっているわ、それで私はアラフィフっていう歳になるのよ」
「今よりもっと歳の差を気にしなくて良くなりますよ、きっと」
「ふふ、どうかしらね」

 彼から視線を外して、かわりに注文していたカクテルを彼の前に置いた。

「私の奢り、よかったらどうぞ」
「祥子さん、俺このカクテル知ってますよ」
「あらそうなの、いつもビールだから、こういうのは飲まないのかと思ってた」
「飲まないですけどね、祥子さんがよく飲んでるから、少し勉強したんだ」
「ふうん」

 じゃあきっと、カクテルに込められた意味もお勉強したのね。彼の複雑な表情を見て、私はさらに困らせてあげたい気持ちになる。

「実際にブルームーンを頼んだのは私もはじめて」
「飲んだこともない酒を俺に渡すの?」
「そう、意地悪だから」

 くすくすと笑って彼を見る。

 告白を断る時のお酒であり、奇跡が起こる予感を示すお酒でもあるブルームーン。私としては、どちらで捉えてもらっても構わない。このまま彼が去ってもそれは仕方ないし、もう少し私との時間を楽しんでくれるなら、それでも良い。

 彼は唇を尖らせて少し考えていたようだけれど、青紫の美しいカクテルをひと口飲むと、ニッと笑って私に言った。

「俺、知っての通りポジティブなんで、良い方の意味だけもらっておきますね」

 前向きな彼に、思わず私は笑みが溢れる。

「十年待つことになっても?」
「待ちますよ」
「嘘は嫌いよ」
「嘘じゃないです」
「期待しないでおくわね」
「きっと祥子さんは、俺のこと好きになりますよ」
「自信家なんだから」
「それも取り柄です」

 こんな調子の彼だから、私は安心して拒むことができてしまうのだろう。

 でも、そう。いつかまた私が恋をする日が来るのなら、それは彼のような人が良いのかもしれない。