「私には、昔から思っている人がいるけれど……小林君が思っている恋愛とか、そういうのじゃないよ」
「……そうか」
「うん。それに、私には人を愛するって何なのかもう分からないの」
私は手を握りしめる。
「……結局誰にも愛されなかった私は、”如月幸音”としてではなく、ずっと”ピアニスト”として生きてきた。だから、いつの間にか本当の私を見失ってしまった」
振り返って、私は小林君の方を見る。
「そんな私が、人を愛せるわけないよ」
私の言葉に、小林君は何も言わなかった。
昔の、今と正反対の私は、どこに消えたのか分からない。もしかしたら、自分自身で殺してしまったのかもしれない。
あの頃の感情は、もうよく分からないんだ。
「今はまだ、分からないだけだ。幸音だって、いつか人を愛する事が出来る日が必ずやってくる。ただ、今の幸音は路上で迷っているだけだ。……だからきっと大丈夫。そこから助け出してくれる人が、いつか現れるさ」
小林君は、私に微笑見ながらそう言った。でも……彼が少しだけ悲しそうに見えてしまうのは何故だろう。
「……小林君は、そういう人がいるの?」
私の問いに、小林君は視線を落とした。
「……あぁ、いるよ。でも、どれだけ近くにいても、俺の気持ちには気づかない。鈍感で俺じゃない誰かを思っている人」
……小林君に、そんな人がいたんだ。私は友達になってからずっと一緒にいたけれど、知らなかった。
「……こんな遠回しに言っても、幸音は気づかないだろうな、俺が誰が好きなのかって」
「えっ?」
小林君の好きな人は、私の知っている人なんだ。……全く分からない。
考え込んでいると、小林君がふっと笑った。
「幸音にも、分からないことってあるんだな」
「笑わないでよ、私にだってあるよ。皆と同じ人間なんだから……」

