「改めて、私をお嬢様の執事にして下さりありがとうございます」
「……私こそ、ありがとう。遥貴さんが私の執事で良かった」
感動しているのに、やっぱり涙は流れない。
……早く、前のように戻れたらいいな。
「……コンクールで弾く曲名、聞いてもよろしいですか?」
「うん。曲名はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番『悲愴』の第2楽章よ」
音楽業界では、誰もが知っているこの曲。音楽家ではない一般の人でも、耳にした事があるくらい有名な曲だ。
だからこそ、もしかしたら審査で厳しく見られるかもしれない。
それでも、この曲を弾きたいと思った。
「有名な曲ですね。いいと思います。練習、頑張って下さいね。お嬢様の演奏、楽しみにしています」
「うん、ありがとう。絶対、成功させるから」
ふと、窓の方に目を向ける。
今は亡きお父様。必ずコンクールの舞台、良いものにしてみせます。だからどうか、私の事見守っていてください。
満点の星空に、私は願う。
暗く澄み渡った空は、月の光で照らされて、私には鮮やかな色に見えた。

