忘れるはずはない。
 不安の中でも、異世界の美しい光景を、ラファエルの手の中で風を受けながら見た景色。
 心躍ったのを今でも忘れない。
 妖精がいる世界、魔法が使え、空を自由に飛べる異世界。それはここから始まったのだ。
 朱栞にとって、大切な場所になるだろう。そう予感していた。


 「ここは大切な場所なんだ」
 「え……」

 自分の心と同じ言葉をラファエルに言われ、驚いて彼の方を見てしまう。
 すると、ラファエルはひどく懐かしそうに目を細めて微笑んだ。けれど、また視線を草原へと向ける。


 「ここで幼い頃に魔法の練習をしたんだよ。懐かしい場所で、俺の大切な思い出が詰まっている景色なんだ」
 「こんな広い場所で一人で練習していたの?」
 「………うん。一人だったよ。でも、妖精はいたよ。とても小さくてかわいらしいね」
 「もしかして、アレイ?昔から、一緒だったのね」
 「そうだね………」



 何故か苦笑いを見せるラファエルを見て、朱栞は不思議に思った。
 もしかして、アレイとは仲が悪かったのだろうか。それともスパルタな練習方法だったのか。
 それはわからないが、彼にとっては思い出がたくさんあるのだろう。


 「私もきっとこの場所を思い出すわ。あなたと初めて会った場所だもの」
 「そうだね。また大切な場所になる理由が増えたよ」


 2人がいるのは、シエレア領の城下町の端に大木だった。
 元の世界では見る事が出来ないほどの太い幹と高さの木の上は、雲にも届くのではないかと思わされるほどだった。

 朱栞1人では、まだこの高さまで飛ぶことは出来ないだろう。
 また、ラファエルに連れて来てもらおう、と朱栞は心に決めるほどの草原。

 朱栞とラファエルは、そこの枝に座り、お祝いでも貰ったパンや飲み物を食べながら、初めてのデートを心ゆくまで楽しんだのだった。

 そう、この場所は邪魔される事はないのだから。