部屋のドアを叩く音がした。朱栞は少し警戒しながら「はい」と返事をすると、ゆっくりと扉が開き、昨日も面倒を見てくれたメイドが入ってきた。


 『失礼致します。ラファエル様より、人精語の勉強を教えるよう言われ参りました』
 「………はい」


 もちろん、メイドの言葉はわからない。
 昨夜、風呂場に向かった時も身振り手振りで何とかコミュニケーションをとったほどなのだ。
 朱栞は困った顔をして彼女を見つめていると、メイドは小さく頭を下げたのちに、朱栞の方へと近寄ってきた。そして、ベットに置いてあった紙や本を見つめた後に、ラファエルが書いてくれた表を指さした。そして、ゆっくりと一文字一文字を指を置いていく。朱栞は、その文字を目で追っていくと「お・て・つ・だ・い・し・ま・す」となっていた。
 それで、なんとなく彼女がラファエルに命令されてここに来たのだろうと朱栞は理解した。
 勉強を手伝ってくれるのは、とてもありがたい。
 朱栞は、彼女と同じように表で使って言葉を伝えた。もちろん、指ではさせないので、表の上を移動して、「あ・り・が・と・う」と。そして、彼女の方を向いた後に小さく頭を下げた。

 すると、彼女は少し驚いた表情を見せた後に、柔らかく笑みを浮かべてくれたのだ。
 
 彼女は絵本を使って文字を教えてくれた。
 そして、彼女の名前が「メイナ」という事も。


 朱栞は大好きな知らない言葉を覚えるという行為に没頭し、これからのどうなってしまうのかという不安から少しの間逃げる事が出来たのだった。