「どうぞ。」
扉の向こうからの穏やかな声を聞き、私は校長室に入った。
「失礼します。」
入った瞬間、目に入ったのはサラリとした黒髪の落ち着いた男性。
随分若く見えるが、目の前の立派な椅子に腰掛けている様子を見ると、この人こそがここの校長だろう。
ただ…
ひとつ違和感を覚えたのは、
その瞳に動揺の色が見えたからだ。
「……っみ…」
そして何かを言いかけたが、すぐに口を噤み優しげな校長先生の姿に変わった。
一瞬の動揺だったけれど…私の心の内で膨らんでいくものがあった。
「君が、花城あまねさんだね?」
初めに聞いた穏やかな声で確認される。
「はい。矢白高校に転校させて頂く、高校1年の花城あまねです。」
私がハッキリとそう言うと…少し寂しそうな顔をした。
でもすぐに元に戻り「自己紹介が遅れたね」と一度咳払いをする。
「…はじめまして。私が矢白高校の校長を務めている矢生 泉だ。」
そして改めてそう名乗り、切なそうに少し眉を寄せながら暖かく微笑んだ…
その姿は私の心に訴えてくるものがあって…
この瞬間から既に、私の記憶集めは始まっていた……────

