遊園地に行ってから一週間が経った。

 少しずつではあるが、黒川正人と親しい間柄に変化しつつある。

 虐めはまだなくならないけれど、それでも誰か一人でも傍に居てくれるのならそれだけで明日も強く生きれる気がして来るから他人の力と言うのは凄い。

 でも、そんな私に事件が起きた。

 それはある放課後

 私は帰宅途中で忘れ物に気づき、慌てて引き返して来た。

 「お前、最近神山さんと仲良いよな」

 教室から知らない男子生徒の声がした。

 少しだけ中を覗いてみると机に腰かけた男子が一人、近くの席の椅子に横座りしている男子が一人、後ろの席に座っている男子が一人、窓側の壁に寄りかかっている男子生徒が一人、そしてもう一人、その中心に要るのは黒川正人。

 もしかして私のせいで何か嫌なことを言われているのだろうかと、少し不安に思ったのと、何となく自分の名前が出て来て直ぐに教室には居ることに躊躇いが生じて私はその場に留まる選択をした。

 「まぁね」

 「何、本気で好きなの?」

 「アルビノだっけ?女子からは気持ち悪いって言われてるけど、実際は外人みたいで良くない?」

 「確かに。結構美人だよな」

 「女子のは、あれ、嫉妬だろ」

 「女の嫉妬は怖いねぇ」

 そう言って黒川正人の周りに居た男子生徒達はげらげらと笑っていた。

 「で、話が逸れたけど、実際はどうなの?」

 「つぅか。俺も結構狙ってたんだけど」

 「本人は知らないかもだけど、結構倍率高いよな」

 「だから余計に虐められてるんだろ」

 「怖いね、女子は」

 「一回で良いからやらせてくれねぇかな」

 「正人、お前、付き合ったら一回俺らにも回せよ」

 近くに居た男子の一人が黒川正人を小突いた。

 「まだ堕としてない」

 「でも、直に落ちるだろ。

 賭けは正人の一人勝ちか」

 「悪いね」

 ・・・・・賭け?

 「どうやって堕としたんだ?結構、ガード高かったろ」

 「ああいうのは優しくしてやればいいんだよ。

 そうすればころっと行く。

 後は告白して、俺の勝ち。

 美人だし、直ぐに振ることはないよ。

 暫くは楽しませてもらう」

 にやりと今まで見たことがない顔で黒川正人は笑った。

 つまり、私は賭けの商品にされていたのだ。

 ・・・・・なんて馬鹿なのだろう。



◇◇◇



 あれから数日後、私は黒川正人に呼び出された。

 人気のない場所だった。

 彼が何をするのか分かっていた。

 近くの木陰にこの前、教室で見た人間が隠れている。

 「実はさ、俺、神山さんのことがずっと前から好きだったんだ」

 私が何も知らないと思って好青年を演じて、黒川正人が私に告白してくる。

 腹を抱えて笑いたい気分だった。

 これ程滑稽な舞台はないだろう。

 「あの、さ、神山さん。もし良かったら俺と付き合ってくれないか?」

 「私はアルビノで、人とは違う容姿をしてる。

 だから周りからは奇異の目で見られるし、一緒に居るだけで不快な思いをすることは多いと思うよ」

 「そ、そんなことないよ!神山さんは十分可愛いよ」

 「本当?」

 「ああ」

 黒川正人は即答した。

 「じゃあ、お金に換算したら幾らになるの?」

 「え?」

 「幾らで私を売ってたの?賭けてたんでしょ」

 「知って・・・・」

 大根役者とはまさにこのことだ。

 役者が壇上に上がったのなら最後まで己の役を全うすればいいのに。

 「くだらない」

 私は笑って言い訳もできないぐらい動転している黒川正人を置いてその場を去った。

 家に帰ったら私は気分の悪さで吐いてしまった。

 胃の中が空っぽになって、もう何も吐き出せるものなんてなくてもそれでも吐き気が止まらなかった。

 体が、沈殿した毒素を必死に出そうと抗っているみたいだ。

 そのせいで何日も食事が摂れない日が続いた。

 医者からはストレスが原因だと言われた。

 「ねぇ、いい加減にしてよ。見ていてウザいのよね」

 母はベッドの中で横たわる私を見て溜め息をついた。

 「ただでさえあんたは悪目立ちするのに、その上不登校だなんて。これ以上、私に恥をかかせないで」

 「・・・・」

 「由利から聞いたけど、虐めに合ってるんだって?

 それぐらいなんなの?撥ね退けるぐらいの気概を見せなさいよ、情けない。

 あんたがそんな情けない奴だなんて思わなかった。

 本当に幻滅だわ」

 好き勝手言って気が済んだのか、母は私の部屋から出て行った。

 彼女は幻滅する程私の何を知っているのだろうか。

 「柚利愛、入るぞ」

 今度は父が来た。

 「虐められてるんだって。お父さんはお前の辛さがよく分かる。でも、生きてたらいろんな辛いことが、今よりも辛いことが沢山ある。

 いちいち気にしてたら身がもたない。

 お父さんはよく虐めで自殺をする人間のニュースを見て思うけどな、それは間違っていると思うぞ。

 命はそんなに軽いものじゃない。簡単に捨てていいものじゃないと」

 「綺麗事言わないで。何も知らない癖に、何も知ろうともしてない癖に。

 だいたい、今の状況見て何でそんな頓珍漢なことを言ってるの?

 私、自殺なんかしようとしてないじゃん。

 『命はそんなに軽いものじゃない』?『簡単に捨てていいものじゃない』?

 さすがは人間様。言うことがご立派ね。

 人間でありながら人としての尊厳を持つことを許されず、虐げられるだけの存在になったことがないからそんなことが言えるのよ。

 お父さんは人間だから、人として、人の輪の中に生きれる人だから、そこから排除された人間のことなんて分からないのよ。

 分からないなら黙っていてよ。

 何も分かっていないのに『分かっている』って理解を示せば簡単に言うことを聞くとでも思ったの?

 ありがとうって、お父さんならきっと分かってくれると思ってたよとでも言うと思ったの?

 出て行って!」

 父は母と同じように溜息をついた。

 ただ父の溜め息は母のように苛立ったものではなく、呆れからくるものに近かった。

 「我儘も大概にしなさい。明日は必ず、学校に行くように。

 不登校なんて周りがどんな噂をしているか。されることで傷つくのは柚利愛なんだからな」

 そう言って父は出て行った。

 今更どんなにことに傷つくというのだろう。

 本当に何も分かっていない。

 笑えるぐらい何も分かってない。

 私の目から涙が零れた。

 それは理解されないことへの苦しみの涙だった。



 私はアルビノ。

 雪のように白い肌、白金の髪、青みのかかった瞳

 一見外人のような姿をしているけど、純血の日本人

 私は普通の人とは違う。

 それはそんなにもいけないことですか?

 人と同じ姿、同じ考え、同じ行動を取らなければ人として認めてはくれないのですか?

 人と違う。

 それだけで排除される理由になるのですか?

 排除されても仕方がないと思われるようなことですか?