やわらかな檻

 彼が立ち止まる。
 どうなるのか気遣わしげに、私達を見ている。

 父から派遣された彼の立場を考えれば車に乗って、慧と一緒に大人しく帰るのが正しいように思える。

 けれど正しいことと私達にとって最善であることは、必ずしも直結するとは限らなくて。


「慧は、車に乗りたいの? 楽したい?」


 指先からじっとりと水が伝わる。

 袖口についたボタンは留められていなくて、探ればすぐに肌に触れられた。

 日の下に出ることを許されない慧の手首はいつでも白く、細く骨ばっていて本当に生きているのか疑いたくなる。

 今日はそれに冷たさも加わっていた。


「先ほど、私に濡れていて体も冷たいと仰いましたね。それは車に乗らないで歩いてきたからだと」


 私は聞くや否や大きく頷き返した。確かにその通りだ。でも本質の部分が微妙に違う。

 別に私は雨の中、ずぶ濡れになって帰っても構わなかったのだ。

 誰かが迎えに来ることも期待していなかった。

 ただもしそうしてくれる『誰か』がいるのなら、出来るだけその人が不快な思いをしないように。

 私のせいで風邪を引かないように。


「……私は、ただ。慧の体が心配だったの」