やわらかな檻

 雨の中大変な思いをして帰ってくるであろう己の子供を思いやり、普段車で送迎をしていなくとも、

特別に迎えをよこすか傘を忘れた子に持って来てやるというケースはこの時期、学園のそこかしこで見られる。

 私はどちらでもなかった。

 我が家に一台しかない車は中小企業の社長である父が使っているし、母は運転免許がない上に、楽観的な性格ゆえに私が傘を持っていると考えているはずだ。


 それを見越して慧が来てくれたのだと思っていた。

 誰のことを言っているのか気付いてなかった私は、再度「小夜お嬢様」と声をかけられようやく自覚した。

 見れば半透明のビニール傘を差した若い男性は父の側近で、何度か喋ったことがある。

 ピロティの中に入り、傘を閉じると彼はまず私に、それから慧に軽くお辞儀してから話し出した。


「社長の言いつけによりお迎えに上がりました。慧さまも宜しければご一緒に、仁科家本邸までお送り致します」

「父が、ですか?」

「はい。奥様からお嬢様が傘を持っていられないと聞き、すぐさま手配をなされました。ご両親ともとても心配なさっておいでです」


 ……なんと、まあ。このタイミングで。