君の音に近づきたい



練習の帰り、日が落ち始めた頃だった。校舎の中庭に香取さんの姿を見つけた。

構えていたヴァイオリンを肩から外すまで、その背中を見つめて待つ。
とても綺麗な背中だと思った。香取さんのサラサラの長い髪が音楽に合わせて揺れる。熱心に奏でられる旋律に、何故だか胸が締め付けられる。その音が、とても真っ直ぐで必死に何かを追い求めるものに思えたからだ。
最後の一音が空に放たれた後、手を叩いた。

「桐谷さん……」

「凄く素敵だった」

聴いてたんだ、と言って香取さんが恥ずかしそうに笑う。

「凄く真剣に弾いていた感じだけど、レッスン中の曲?」

ヴァイオリンを傍に合ったベンチに置く香取さんに尋ねた。

「今月末に日コンの予選があるから。その課題曲」

「え……っ? 日コン?」

それは、日本国内では一番難関だと有名なコンクールだ。
プロへの登竜門とも言われている。

「そうだよ。先生に無理言って受ける許しをもらったから、死にもの狂いで練習してるけど。でも、毎日10時間以上練習室に閉じこもってたら太陽が恋しくなっちゃってさ。外で練習してたの」

そう言って笑う香取さんを、まじまじと見つめる。
一体どれだけ、努力しているんだろう――。

「高1で挑戦するなんて凄いよ! 大学生や、大学卒業した人なんかもたくさん受けるよね? そんな中で挑戦しようだなんて、本当に凄い」

確か、ファイナルである本選では、オーケストラとの協奏曲も演奏しなければならないはず。コンクールを受けると決めた時点から、そこまでの曲を準備しなければならない。

「ううん。最近では、優勝する人の年齢もどんどん若くなってるし。注目されてプロになるには、早ければ早いに越したことない。その後に国際コンクールに挑戦することを考えたら尚更ね。だから、高1だからってお試しで受ける気なんてないんだ」

「香取さん、本当にプロのヴァイオリニストになりたいんだね……」

「だからそうだって、言ってるじゃん」

大人びた顔で、香取さんが笑った。
自分と同い年の子が、もうそんな目的を持って練習をしているんだ。
香取さんの目は、強い意思に満ち溢れていた。

「どうしても、本選まで行きたいの。受けるからには絶対。だから、本番のステージの上で後悔しないように、できることは全部やってそこに立ちたい」

真剣に夢を見て何かを求める姿は、やっぱりかっこいい。
今を生きてる――そんな感じだ。

「応援してる。だから、頑張って!!」

つい声に力が入る。

「桐谷さんだって、あの二宮奏との連弾、練習頑張ってるんでしょ?」

「うん、なんとか。二宮さんに迷惑かけないように必死だよ」

「その経験が絶対に腕を上げることになるから。桐谷さんも頑張れ。文化祭のステージ楽しみにしてるからね」

「うん」

その後、香取さんと別れた。