そのしかめた表情に構わず、私はニッと笑って見せた。
なんとなく、笑いたかった。笑う方がいいと思ったのだ。
なのに――。
「その笑顔、キモチワルイんですけど……」
音楽室を出て扉が閉まった途端、いつもの意地悪な言葉が返って来る。
私の目一杯の笑みに、酷い言いぐさだ。
「行くぞ。時間ねーんだよ」
ズボンのポケットに手を入れて、二宮さんはさっさと歩き出してしまった。
心の中ではいろいろと文句の言葉が思い付くけれど、とりあえずその背中を追った。
01教室。地下に並んだ練習室の一室。廊下の最奥、突き当りにある。
二台のグランドピアノと横長のベンチ。長方形の細長いテーブル。
それだけがある部屋だ。
「――というわけで。曲目だけど」
練習室に入るなり、本題に入った二宮さんに呆気にとられる。
「なんだよ」
「い、いえ。別に」
そんな私に、じろりと視線を向けた。
私が連弾のオーディションに合格したこと、何か言ってくれてもいいのに――なんてことは、もちろん口にしない。
「あいつら実行委員が言っていたように、この連弾に求められているのは、特に音楽に詳しくない奴らにも受けるようなものをやれってこと」
実行委員長が口にしていた言葉を思い出す。
観客はこの音高を志望している人たちだけじゃない。ただ。”二宮奏”だけを見たい人たちもたくさんいる。
その人たちを喜ばせることができる曲。
二宮さんのファンを楽しませる、二宮奏に期待する、演奏――。
「……はっきり言えば、俺のファンの女たちが喜ぶやつ。それで適当に考えて来た。エルガーの愛の挨拶とか、チャイコフスキーの花のワルツとか」
どちらも、柔らかくて綺麗なメロディーの曲だと思う。
素敵な曲には違いない。違いないのだけど――。
「とりあえず、その二曲練習しておけ。両方とも、あんたがプリモ(連弾の高い音域担当)でいい。あんたもさっきの話聞いてたと思うけど、この部屋は文化祭終わるまでずっと押えてあるから自由に練習に使え」
”ファンや関係者を喜ばせてこその、アイドルだろ……?”
聴きに来てくれる人たちを楽しませる――それは、ともて大事なことだ。
二宮さんにもそうアドバイスしてもらって、オーディションのための練習もしてきた。
でも、楽しませる方法は一つしかないの? これまで通り、皆がもつ二宮さんのイメージ通りの曲を演奏すればそれでいいの――?
どうしても、納得できない。
二宮さんの気持ちは――。



