君の音に近づきたい


「二宮、こちらがオーディションに合格した1年生の桐谷春華さんだ」

実行委員長が二宮さんに私を紹介しているのを見て、どぎまぎとしてしまう。

「よ、よろしくお願いします――」

面識がないわけじゃないけれど知り合いぶるのも気が引けて、とりあえず無難な挨拶をした。そうしたら、二宮さんがその目を私の方へと移動させ、意味深な笑みを浮かべた。

「こちらこそ」

でも、その一言だけを口にすると、すぐに私から視線を外す。

「――で? プログラムとかそういうの、決められてるの?」

「ああ。そのへんは、二宮と桐谷さんとで相談して決めてくれればいいよ。でも、聴きに来る人たちが喜びそうなのにしてくれよ? ”二宮奏”を見たくて来るんだろうからな。おまえが一番分かってるだろ? 客がおまえに何を期待しているか」

「……はいはい。ご期待に沿えるよう、頑張りますよ」

実行委員の人と二宮さんが話しているのを、私はただじっと見ていた。
二宮さんの私によく見せる意地悪な笑みはとっくに消えて、淡々と言葉を交わしている。
それは、ファンの子たちに見せるものとも私をバカにする時に見せるものとも違う、きっと、学校で見せている二宮さんの顔――。

表情のない、冷めた表情だ。

「二宮にとっちゃ、学校の文化祭なんかで演奏するのは癪かもしれないけど、学校にもいろいろ世話になってるんだし恩を返しておけよ。おまえのCDの売り上げにも貢献するかもしれないしな。二宮にとっても悪いことだけじゃないだろ」

どこか、棘のある言い方――。

私にはそう感じられて、勝手に心がひりつく。

「ファンや関係者を喜ばせてこその、アイドルだろ……?」

何よ、その言い方――。

完全なる外野の私が、何故か怒りを覚える。
でも、二宮さんは表情一つ変えずに、その人を見下ろしていた。

「――必要な連絡事項はそれだけか? だったら、俺も忙しいし、早速彼女と打ち合わせしたいからもう行く。練習室は、俺ら専用に一室準備してくれんだろ?」

「あ、ああ。01教室は、文化祭が終わるまで連弾ステージ専用に確保してあるから自由に使っていい」

「演目決まったらすぐに知らせる――」

矢継ぎ早に言葉を重ねて、相手に無駄なことを言わせない。そんなやりとりに気を取られていると、突然自分の名を呼ばれた。

「桐谷サン、じゃあ、行こうか」

「え? あ、ああ、はいっ!」

さっさと音楽室を出て行こうとしている二宮さんを、慌てて追いかけた。

「二宮と一緒に演奏するのはいろんな意味で大変だろうけど、頑張ってね」

そんな私に向かって、実行委員長が言葉を投げかけて来た。
私は、くるりと身体を翻し、真っ直ぐにその人を見つめる。

「大変だろうこと、分かっていて応募したので大丈夫です! それより、楽しいステージになるよう精一杯頑張ります! 失礼します!」

勢いよく頭を下げて、そしてまた身体を反転させる。

「――二宮さん、行きましょう!」

目の前にいた二宮さんを見上げると、真っ直ぐな眉をわずかにしかめて私を見ていた。