――七月。
ここまで本気で練習して来た。
あとはもう、聴いている人に楽しんでもらうことだけだ。
そうして、オーディションの日がやって来た。
「1年B組 桐谷春華です」
3年生の文化祭実行委員の人たち4人の前で、礼をする。それと共に、心を落ち着ける。
”楽しむ”
それが、私のピアノで伝わるように――ただその気持ちで演奏をした。
弾むようなメロディは、私の心も弾ませる。
鍵盤を跳躍すれば、私の心も飛び跳ねる。音と心を一体化させれば、すぐに心が躍る。自分だけじゃなく、聴いている人まで巻き込むように。
二宮さんが大嫌いだと言ったショパン。ショパンが作曲した黒鍵のエチュードを奏でて行く。そして、曲の終わり、両手で和音を引き終えピアノから弦の響きが消えた時、心に何かが溢れ出した。
いつもの、『楽しかった』と思う気持ちだけじゃない。
何か、達成感のうようなもの。それはとても心地いいものだった。
それが、これまでの楽しいを上回る『楽しさ』を連れて来た。
「ありがとうございました」
椅子から立ち上がり、再び礼をする。
やり切った――そう、心から思えた。



