「え……でも、え?」
だって、二宮さんは、毎日毎日忙しい人で。
雲の上のような人で。私とこんな時間を持ったのさえ、ただの気まぐれで――。
「最後でいいの?」
「は?」
「いいんだ」
「え、あ、いや」
混乱している私を見て、
どこか楽しそうに、でもとっても意地悪な顔で笑っている。
「あっそ。じゃあ、さいならー―」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そのまま出て行ってしまおうとしたその背中に、私は声を張り上げていた。
「も、もし、していただけるのなら、あの――」
そこまで口にして、やっぱり口ごもる。
いやいやいや。相手は、あの二宮さんだ。女の子たちにきゃあきゃあ言われる笑顔の貴公子で、有名ピアニストで、そんな人に私は何を言おうとしているんだ。
「レッスンしてほしい?」
「そ、そりゃ、もちろん! でも――」
もう一度、二宮さんが私に振り向く。
「そうだな。じゃあ、『お願いします。どヘタな私にレッスンしてください』って言えたらしてやってもいい」
この人、本当に――っ!
ポケットに両手を入れて、私を試すように見て立っている。



