「もう、過去形?」
「それは……。仕方ないじゃないですか。自分の身の程とはかけ離れた夢を見ちゃったんですよ」
「まあね。俺と同じ土俵に立とうとした人の演奏だとは到底思えなかった」
二宮さんが「よいしょ」と言ってベンチから腰を上げた。
「一つ教えてやるよ」
立ち上がったせいで、また二宮さんに見下ろされた。
両手を制服のズボンのポケットに突っ込んで私を見ている。
「あんたが言う俺の音だけど。
なんだっけ、キラキラしてるんだっけ? 音が美しい。心躍る? 申し訳ないけど、今の俺はそんな音出せないよ。
なぜなら楽しくて弾いてるわけじゃないから。よかったじゃん。あんたの夢が破れたと同時に、本当の俺のピアノがあんたが追い求める夢見るようなものじゃなくなっていて。後は、適当にレッスンこなしてやり過ごしてれば、大学卒業までは出来るだろ」
そんなこと……。
そんな、簡単に――。
「あ、そうだ。最後にもう一つ」
既に数歩先に立ち去っていた二宮さんが、私に振り向く。
「テクニックはないし音楽性もない。それはあの教授が言っていた通りだ。でも――」
茶色がかったさらさらの髪が揺れた。
「あんたがピアノを弾くのが楽しくてたまらないってのは伝わってきた。まあ、それだけだとも言えるけど。何も感じないってことはなかった」
え――?



