君の音に近づきたい



「言いますよ。言えば解放してくれますね」

ベンチに足を組んで腰掛ける二宮さんの前に仁王立ちする。
二宮さんに会った時は、いつもその背の高い姿から見下ろされていた。

今度は、私が見下ろしてあげるわよ。

「小学二年生の時でした。友達のピアノの発表会で、二つ年上の男の子の子犬のワルツを聴きました。その時、二年生にして心奪われました。その音の美しさに、心躍る子犬のワルツに。聴いているだけの私にまで、楽しさが伝わった。弾いていた男の子の演奏が生き生きと跳ねるように楽し気だったから。こんなに楽しい子犬のワルツを聴いたことなかったんです」

何故だろう。話していながら、あの時の純粋に感動した気持ちを思い出して涙が止まらなくなる。

「衝撃でした。同じ楽器を奏でているとは思えない音のきらめきに、息をするのも忘れた。それからです。ただ楽しく弾いているだけで良かったピアノが、それだけではなくなった。その彼が紡ぐ音楽を追い求めました。少しでも、あの日聴いた彼の出す音に近付きたい。私なりに努力して、彼のいる高校にはいりました」

バカみたいだ。
本当に、ばかみたい。

「これでいいですか? もう解放してください」

「それって、俺のことなわけ?」

私を静かに見上げて来る。その目がじっと私を捉える。
その目を見返すけれど、その瞳の奥があまりに何の揺れもない透明なものに見えて、何故だか少し怖くなる。

「それとファンと何が違うんだよ」

「違います。私はあなたをアイドルだとは思っていない。ただ眺めて聴いていればいいとは思えなかった。二宮さんが奏でる音が、私を突き動かして。同じ場所に行きたかった。あなたのいる場所でピアノを弾きたかった。少しでも、追いつきたかった……」

追いつけるわけなんかないのに。