君の音に近づきたい



ゴールデンウイーク明けの公開レッスン。
私は、ただそのことだけを考えて過ごした。

世の中ではゴールデンだと言って浮かれていても、私は入試の時以来、いや、入試の時以上にピアノにかじりついていた。

「はるかー、一日くらいは遊びに行こうよ」

(わたる)と行って!」

鍵盤から手を離すことなく、弟の名前を口にする。

「渉も、部活やら友達と遊びに行くやらで、全然家にいない!」

「だったら、お父さんとデートにでも行きな!」

「お父さんもこの時期忙しいの、知ってるでしょ?」

「だったら、一人でいい子にしてて!」

お母さんに誘惑されそうになっても、私は頑なに断った。

ここでサボったら、絶対あとで後悔する。

何せ、公開だ。
観客は全国コンクールの常連者の生徒たち、それに、高校を始め大学の先生までも聴きに来る。講師は超有名な大学教授!

そこで、私の名前とともに実力も校内に知れ渡ってしまうわけだ。

考えれば考えるほど、ピアノから離れられなくなった。
ひたすらに、課題の楽譜と鍵盤に向き合う。

学校のないゴールデンウイーク中はずっと、ジャージとTシャツで過ごした。



高校、全学年をあげて行われる公開レッスン。
公開というだけあって、いつでも会場には出入り自由だ。誰でも入って来られる。
入試の時も吐くんじゃないかってほどに緊張していたけれど、その時以上かもしれない。

先生の目だけじゃなく、クラスメイトの目も光っている。

「次、1年B組桐谷春華さん」

「は、はい」

舞台袖からピアノの置かれている中央まで歩く。

うわっ。
客席に座っていた時よりも、人が入っているように見える。

舞台慣れしていないと、こういう時困るのだ。

身体中から嫌な汗が吹き出して来る。