君の音に近づきたい



「そこまででいいわ」

え――?
まだ、半分しか弾いてないんですけど……。

「ゴールデンウイーク明けの公開レッスンについては知ってるわね?」

「は、はい……」

「大教室でいろんな先生や学年を超えた生徒たちの前で弾かなきゃならない。それに講師は、ピアノ科の主任教授。とにかくそこで恥をかかないで済む程度にはしておきなさい。まずはそれ」

それって、あなたは、上手くはないって意味だよね……。

「その実力だったら、そうね……平均律なら、今弾いたものでいいわ。それが、あなたにとって一番得意なんでしょう?」

「は、はい」

入試で弾いたから、一番練習した曲だ。

「もう一曲は、ショパンのエチュードにしましょう。こっちは、受験の時に弾いていないもの。あなたの場合、基礎力に難ありみたいだから、新曲ではなく、これまでにさらってある曲から選ぶしかなさそうね。何番なら自信持てる?」

「え、えっと……」

すらすらと自然に、かなり厳しいことを言われている気がする。
予想はしていたけれど、私はまだまだいろいろ足りないらしい。

足りないなら足りないで努力するのみ。
そうするしかないんだから。

好きでここに来たんだから!

私に出来ることは、ただ努力することだ。

「10-5、『黒鍵』なら好きです!」

自信を持てるかどうかは別にして、ショパンのエチュードの中でも大好きな曲だ。中学時代の先生にも、「春華ちゃんらしさが出る曲ね」と言われたこともある。

「先生、私、頑張りますので。よろしくお願いします」

「……まあ、頑張るしかないわね」

先生がふっと表情を緩めた。
それは、どこか慰めるような仕方がないとでも言いたいかのような、そんな笑みに見えた。

でも、まだまだ始まったばかりだ。

頑張ればいい。