君の音に近づきたい



「べ、別にそうとは言ってないけど。
でも、ピアノが上手い人、ヴァイオリンが上手い人、それだけの人ならたくさんいるんだよ? 容姿だけじゃなくてもいい。音楽以外の”付加価値”がなければ、簡単に人気演奏家になんてなれないよ。二宮奏にとっての付加価値が、たまたま容姿だったってこと」

あんなに二宮さんに腹が立ったのに、香取さんに二宮さんの音楽を否定されたような気がして黙っていられない自分がいた。

「それよりさ。桐谷さん、今日、初めての実技レッスンでしょ? 大丈夫? 先生って、これまで習って来た先生ではないんでしょう?」

「う、うん。だからね、練習はしてきた、つもり」

そうなのだ。高校に入って初めての実技レッスン。
私は担当の先生とは、ほとんど面識がない。
たいていの生徒は、ずっと習っていた先生がそのまま担当教官になるらしい。
でも、すべての生徒が希望した先生につけるわけではない。私の場合、大したつても実力もないからか、学校側から指定された先生につくことになった。

「つもりね……。初日が大事だから。とにかく、ダメだって思われないようにね。一度ダメだと思われると、この先もそういう目で見られるよ」

うっ……。厳しいな、香取さんは。

香取さんはヴァイオリン専攻だけれど、なかなかに凄い人らしい。
学生対象のコンクールでは、一番権威があると言われている全国音楽コンクール。
その中学生の部で3位に入ったとか。

もう、私からすれば雲の上のようなタイトルの保持者だ。


割り当てられた練習室で先生が来るのを待つ。

この瞬間は緊張する。
どんな先生なんだろう。まだゆっくり話したことはない。

椅子に座り、手のひらを何度もぐーぱーした。

「はい、じゃあ始めましょ」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」


部屋に入って来たのは、50代くらいの女性の先生。ふくよかな体形で、眼鏡をしている、いかにもっていう感じの雰囲気だ。

「今日は最初だし、まずはあなたの演奏聴かせて。バッハの平均律から好きなのどうぞ」

「は、はいっ」

なんの雑談もなく、いきなりですか!

これこそ第一印象だ。少なくとも悪い印象を与えないように――。

一度深呼吸をして、鍵盤に指を置く。
そして弾き始めた。