「あんたさ、なんのためにピアノ弾いてんの?」
抑揚のない、ただひらがなを並べただけのような声。感情の一端も感じられない。
この人が、本当にあんな風に心を震わせる演奏をする人だろうか――。
「そんなの、楽しいからに決まってます!」
ピアノを弾くのが好き。弾いていると幸せで。楽しくて。
楽しい――だから、頑張れる。辛い練習も乗り越えられる。
どこかに『楽しい』という気持ちがなければ、きっと続けられない。
二宮さんだって、そうだよね?
楽しくなければ、あんな演奏できない――。
「――バカバカしい。こんな次元の低い人間に時間を費やしたかと思うと、自分が許せねーわ」
そう言うと、振り払うように私から手を離した。
「どうして、ですか? 楽しむことの何が悪いの?」
「楽しむ、なんて言ってる奴、俺が一番関わりたくない人間だよ。勝手に楽しくやってろ。俺には関係ないからな。でも、もう俺に近付くなよ。その顔を見せるな」
バンっ。
さっきとは違う感情的な言葉と共に、練習室の扉は乱暴に閉じられた。
その閉じた扉の前で私は立ち尽くす。
な、なに……。
一体、何なの――?
訳が分からない。
どうして、そんなこを言われなくちゃいけないの。
――次元の低い人間。一番関わりたくない人間。
これまで、そんな言葉を誰かから吐かれたことはなかった。
何か間違ったことを言った?
何も知らない人に、そんなことを言われなきゃいけない理由がある?
ずっとその音に憧れて。
その音に近付きたくて。
それなのに、あんなにも素敵な音を出していた人が、こんな人だったなんて――。
テレビや雑誌で見せていた姿と、今、目の前にいた二宮さん。
あまりに違い過ぎて、この八年、好きだったもの、支えだったものを突然奪われたみたいな気持ちになる。
どこにぶつけたらよいのか分からない怒りと悲しさで、胸が苦しくなった。



