「それでよく生き残れたね。
 ・・・いや、むしろその判断は正しかったのかもしれない。下手に錯乱している人混みに紛れ
 込んだら、潰されてしまう。」

「そう、ヌエさんの言う通り。人混みの中は、もう完全に地獄絵図と化していたよ。我が子を見
 捨てて逃げる親もいれば、ぐったりしている恋人を川に投げ捨てる男もいた。
 その間も、母は頭上で暴れ続け、多くの建造物の下敷きになった国民は数知れず・・・。だか
 ら、あまり倒壊している建物には近づかない方がいい。
 今もまだ『あるかもしれない』からね。」

そんなの、門を潜った時に感じた『異臭』で、何となく分かる。地面にはあちこちに血の跡がくっきりと残っていた。恐らくこの瓦礫の下には・・・
辺りは真っ黒なのに、地面だけが鮮明な朱色で塗りたくられたような、異様な世界。林の青さや、小川のせせらぎが懐かしく感じてしまう。
それに、林で聞く風の音と、此処で聞こえる風の音とでは、全く違う。今私の耳のすぐ側を横切った風の音が、まるで大勢の人間の悲鳴にも聞こえる。
これは、突然怪物に襲われた恐怖の悲鳴か、それとも自分達の信じていた国王に騙された怨恨の悲鳴か。どちらにしても、此処で果ててしまった人々の怨念が強い事だけは分かる。
この大惨事に巻き込まれたのは、戦争とは関係ない一般市民ばかり。中には幼い子供や、家族を大切にする優しい人間だっていた筈。
しかし、女王様の暴挙により、そんな人々の生活が一瞬で壊れてしまった。・・・戦争とは全く関係のない私でも、そうゆう思考を巡らせると、心が痛いくらい苦しくなる。
そう、まるでこの惨状が私達に直接語りかけている様な、そんな感覚。この跡地は、大戦争を生き残った私達を嘲笑っているのかもしれない。
私達の住む林が、このベヒモス大国の跡地へと到達するまで、一体どれくらいの年月がかかるのだろうか? 私が生きている間か、もしくは寿命が尽きて亡くなった後か・・・