(嘘だ……)

 よろけたイリーナをすかさずアレンが支える。ところがアレンは離れることなくその手でイリーナの身体を引き寄せた。

(ち――、近いっ!)

 瞬きさえ躊躇うほどの緊張が全身を支配している。

「ひっ、ぁ……」

 恐怖とは違う。けれど情けない声が飛び出した。それさえも身を寄せられた衝撃に消え、近付くアレンの気配に耐え切れず、イリーナは目を閉じる。
 しかし身構えたイリーナに贈られたのは額に触れる優しいキスだった。

「アレン様?」

 幼女の時とは違って目を開けば美しい顔がすぐ傍にあった。近すぎて緊張しているはずなのに目が離せない。

 ――てっきり唇に触れられると思っていた。

 口にすれば痛い目を見るのは自分なので、そんなことは口が裂けても言えないけれど。
 イリーナの疑問を感じ取ったアレンは、ふっと唇に笑みを浮かべた。

「物足りなかったかな?」

「――え……は、わ、私は別に、そんな!」

「ここは君の心を得られた時に触れさせてもらうよ」

 その日が来ることを確信しているのか、アレンは自信たっぷりに言い切る。それはいつになるだろうとイリーナはアレンの腕の中で未来に想いを向けていた。
 いつしか外の賑わいは増し、多数の声が交じりあう。婚約の知らせを聞きつけた両親にタバサが駆けつけたのだろう。

(ライラにはもう少し頑張ってもらおう)

 あと少しだけ、二人きりの時間が続くのも悪くはない。そんな風に考えられるのだから、距離は縮まっていたのかもしれない。