オニキスは立派だった。知的な顔立ちにクールな眼差し、それを縁取る眼鏡と、見るからに文系であるオニキスだが、妹のために根性だけで完走したのである。途中に坂や階段が無かったことも完走出来た要因だろう。
 オニキスは学園を前に崩れ落ちた。最愛の妹だけは死守したが、再び立ち上がることは叶わない。イリーナはそんな兄の腕からはい出る。

「兄様、アレン様はどこですか!?」

「あれん? あいつなら……ぜぇ……用があると、言って……どこかは、知らな」

「兄様ありがとうございます!」

「イリーナ!?」

 体力を温存していたイリーナは立つこともままならないオニキスを置いて校舎へ走った。ライラがどこにいるかはわからないが、首謀者がファルマンであれば学園にいるという確信があった。彼なら自分の箱庭で見物することを選ぶ。
 オニキスは妹が迷子にならないよう引き止めようとするが、その手が届くことはなかった。

「どこですか、アレン様!」

 イリーナはゲームで何度となく目にしてきた校舎に飛び込む。下校時刻となって久しい学園に生徒の姿はほとんどなく、静かな校舎は不気味だった。普通の幼女であれば気圧されていただろう。しかしイリーナは果敢に立ち向かう。

「ライラ!? ……どこ? アレン様!」

 いつもは頼んでいなくても傍にいるくせに。会いたい時に限って傍にいてくれない。手を放すと迷子になると言われたけれど、イリーナにとってはアレンの方が迷子だ。こんなことならずっと繋いでいてほしかった。

(早くライラを止めないと!)

 はやる気持ちに足がもつれ、冷たい廊下に倒れ込む。

「ううっ……痛い……」

 イリーナは手を突いて一人で起き上がる。こんなに痛いのも疲れるのもファルマンのせいだ。なんとしても同じ痛みを味わわせてやりたい。

「どこですか、アレン様!」

 もどかしさに、イリーナは泣きそうになりながら探し人の名を呼ぶ。