「し、知らない、けど……イリーナお姉ちゃんも、そんなに悪い人じゃ……」

「リナちゃん!」

「はいっ!?」

「いくら雇い主の娘だからって無理しなくていいんだよ! リナちゃんだって本当はこんなことしなくていいの。危険な毒草を育てることも、全部しなくていいんだよ!」

(全部自主的にやってるんですけど!?)

 思い込みが激しいというか誤解が過ぎる。しかしイリーナの声が届くことはない。

「お嬢様ー、こちらですか? お嬢様ー!」

「タバサ!?」

 遠くからタバサの自分を探す声がする。ここで薬草を栽培していることは知られているので、いずれ奥まで足を運ぶだろう。

「やばっ!」

 ライラは逃げようと身構えたが、とっさには魔法が使えないらしい。飛び越えて来た侯爵邸の塀をよじ登ろうとしている。

「ごめん、リナちゃん! 今は騒ぎを多くするわけにはいかないの。辛いかもしれないけど、もう少しここで頑張れる?」

 辛いも何も、ここはイリーナにとっての楽園だ。それを脅かしに来たのはライラである。

「必ず私が悪役令嬢を断罪して助けてあげるからね!」

 救い出すも何も本人だ。塀をよじ登る姿にイリーナは言った。

「私、そんなこと望んでないから――って一番大事なとこ最後まで聞いてって!?」

 ライラの姿はタバサが現れる前には消えていた。不格好ではあるけれど、なんて見事な撤収だろう。

「お嬢様、こちらでしたか。お嬢様?」

「タバサ……」

 わなわなと震えながらイリーナは叫ぶ。

「不審者ー!」

「なんですって!?」

 イリーナが見つめる先と、その間に割り込んだタバサは素早く辺りを警戒する。イリーナを抱き上げると屋敷へ走りながら知らせを告げた。

「誰か、誰か! すぐに伝令を! 不審者が出ました! お嬢様が誘拐されそうに、すぐに屋敷の警備体制を強化する必要があります!」

 その日から侯爵邸の警備体制は一新され、厳戒態勢が敷かれることとなる。二度と主人公の侵入を許しはしない。