「そのように怯える必要はないのですが……」

 そうさせているのはお前だと言いたいのに口が動かない。
 ファルマンの手が迫り、イリーナに触れようとしていた。

(止めて! 怖い……誰か――助けて!)

「イリーナ!」

 恐怖に塗りつぶされていた視界が開け、声のする方を探す。ファルマンの背後からこちらへ走るアレンの姿を見つけて心が軽くなった。彼の存在を頼もしく感じたのは初めてだ。

「おや、彼が連れでしたか」

「校長先生?」

 駆けつけたアレンは学園の校長とはいえ、異様に怯えるイリーナを前に警戒を強めた。

「この子がどうかしましたか」

「一人でいたものですから、家族と逸れてしまったのではと心配していたのです」

「ではご安心を。この子の保護者は俺です」

「ええ、貴方が一緒なのでしたら心配はいりませんね。私はこれで失礼するとしましょう。それではまた」

 ――イリーナ。

「ひっ!」

 ファルマンの唇が音もなく形を作った。聞こえたわけではないけれど、確かに名前を呼ばれた気がする。
 ぎゅっと心臓を握りしめられたようで、ファルマンの姿が見えなくなってようやく息を吸うことが出来た。

「校長に何か言われたのか!?」

 イリーナは首を振る。何度も違うと自分に言い聞かせることで身を守ろうとした。

(どうして、どうしてファルマンと会うの!?)

 せっかく外へ出る勇気が持てたのに……。

「アレン様、帰りませんか?」

「イリーナ?」

「勝手を言ってごめんなさい。私、帰りたいです。ごめんなさい。やっぱり外は、怖いです」

 ぎゅっとアレンの手を握った。