ベンチに腰を下ろしたイリーナは屋台に並ぶアレンを眺めていた。そばにいるのは親子連ればかりで、その中に混じっていると本当に子どもになった気分だ。

(私が行きたいと言っていたら父様も連れてきてくれたのかな?)

 同行するつもりだったと聞かされた父のことを考える。父と外出するなんてこれまでは想像すら出来なかったけれど、今のバートリス家でなら家族そろって遊びにも行けそうな気がした。タバサがいないと落ち込んでいたけれど、ほんの少し素直になるだけで案外簡単に解決することだったのかもしれない。
 
(私も、少しは外に出てもいいのかな)

 一緒にどこかへ行きたいと言えばどんな顔をするだろう。楽しい一時にイリーナの心は弾んでいた。

「おや、君は……」

 晴天のはずが、イリーナの顔に影がかかる。

(誰?)

 顔を上げるとイリーナを見下ろしていたのはファルマンだった。見つめる眼差しは不思議そうに、首をかしげている。

(なんでファルマン!?)

 主人公にも言えることだが、ここは学園から最寄りの町である。だからといって黒幕を引き当てるのは主人公と遭遇するより運が悪い。

(お、落ち着いて! この格好なんだから、私がイリーナだってわかるはずないんだから!)

 驚きと緊張に、物凄い速さで音を立て始めた心臓が痛い。

「まさかこのようなところでお会いするとは思いませんでした。お一人ですか?」

 ファルマンは知り合いのように話しかけてくるが、イリーナは知らないという嘘を貫くことにした。幼女のあどけなさを武器に無邪気を装う。

「誰ですか? 人違いだと思いますよ」

「ご冗談を。私が貴女を間違えるはずがありません。何故そのような格好をされているかは存じませんが、一人で大変なのではありませんか? 家まで送って差し上げますよ」

 差し伸べられた手にイリーナは顔を背けた。

「一人じゃありません」

「それは失礼致しました。では、貴女は何故そのような姿を?」

「なんなんですか。私、よくわかりません」

「なるほど、あくまで子どもを演じるつもりなのですね」

 ファルマンはずっと穏やかな笑みを携えているし、何も怖いことは言っていない。他人からすれば本当に一人でいる子どもを気遣っているようにしか見えないだろう。それなのに身体の芯が冷え身が竦む。いくら否定しても全て見透かされているようでならなかった。
 背後には壁があり、目の前にはファルマンがいる。どこへも逃げられない状況がイリーナを恐怖へと駆り立てた。