裏切りのことはまだ納得していないけれど、イリーナの研究にタバサが与えた貢献は大きい。今後は対応に細心の注意を払いアレンの話題は控えさせてもらうとして、今日まで研究に打ち込むことが出来たのはタバサのおかげだ。その恩を忘れたことはない。
 あれがほしいと言えば町へ走り、組合への登録時に保護者となってくれたのもタバサだ。引きこもりを始めた時に心配してくれた優しさも嘘じゃないと知っている。アレンの手駒という点さえなければ一番自分のことを理解してくれているとも思う。だからイリーナはその日もタバサの姿を探して屋敷内を歩いていた。

「え? タバサ、いないの?」

 しゅんとする幼女を前に、訪ねられたメイドたちは申し訳なさそうにしている。

「そうなんです。急に実家からの呼び出しが入って、午後は休暇をとって外出しているんですよ。旦那様には許可を取ったそうですが、よほど急いでいたんでしょうね」

「そうなんだ……」

「私たちに出来る事ならお手伝いしましょうか?」

 彼女たちはイリーナが落ち込んだ分だけ明るく振る舞おうとしてくれる。その気遣いだけで幸せだと、イリーナは何でもないと笑顔を向けた。

「大丈夫。たいしたことじゃないの!」

 イリーナも今度こそ明るく振る舞い、くるりと方向転換して部屋へ戻る。残念ではあるが、仕方のないこともある。アレンがイリーナを訪ねて来たのはそんな時だった。

 タバサはいないが、メイドたちが紅茶とお菓子でアレンをもてなしてくれる。本日もアレンはイリーナが好みそうな菓子を手土産に持参してくれた。
 テーブルには鮮やかなお菓子と、心が落ち着く紅茶の香りが漂っている。けれどイリーナの心は別の所にあった。

「それで先日、君から借りた魔法具についての記述を読ませてもらったが、とても画期的だったよ。今日はその感想を伝えに来たんだが……どうかしたかな? 今日の君は妙に落ち着きがないようだけど」

「そうですか?」

 指摘されたイリーナはようやくアレンの顔を正面から見た気がした。

「何か、よほど外が気になるのかな」

「私、そんなにわかりやすいですか?」

 悔しいけれどアレンの言う通り、何度も窓の外を眺めていたかもしれない。日が暮れる前にタバサが戻ってくれることを願っていたが、見られていたと教えられて急に恥ずかしくなった。