――どうして私のために?

 その答えをイリーナは本人の口からきいている。けれどあれ以来、アレンに想いを告げるような素振りは無く、イリーナも忘れたままでいた。それなのに急に思い出させるような発言を聞かされては緊張する。
 そんな時、部屋に飛び込んできたのがオニキスだ。

「アレン! なぜ貴様がここにいる!?」

「お帰りオニキス」

「ただいま……ってそうじゃない! 何故お前が俺の家にいるんだ!」

「婚約者に会いに来たんだが?」

「まだ候補だろう! 嫁入りなんて十年早いわ!」

(兄様! よくぞ言って下さいました大好き!)

 タバサが陥落した今、兄の存在のなんと頼れることだろう。両親は既にタバサの側に回ってしまった。イリーナが幼女化したことによって子どもとの触れ合いを素晴らしいと認識した二人は孫の誕生を楽しみにしている。

「だいたい、お前は俺より後に学園を出たはずだろう」

「そうだね。オニキスが妹が待っていると、脇目も振らずに校舎を後にする姿を見送ったよ」

「お、おい、それは!」

 本人の前で言われるとさすがに恥ずかしいらしい。
 そこまで知っていて、何故アレンはオニキスよりも早く侯爵邸にたどり着けたのか。答えは簡単だ。 

「君は妹のためにと町で土産を購入してから帰宅したようだが、俺はあらかじめ用意していた。それに早くイリーナに会いたくてね。走って来たんだ」

「「走って!?」」

 兄妹の声が重なる。確かに走った方が抜け道も使えるので早いが、王子殿下が馬車も使わず走って……信じられないと二人の眼差しがアレンに向けられる。

「これまで一緒に過ごせなかった分、少しでも長く君と一緒にいたくてね」

「素晴らしいです! 愛のなせる技、一刻も早くお二人はご結婚されるべきです」

 どこから聞いていたのか、タバサが扉の向こうから拍手を贈っている。惜しみない称賛に、普段の無表情はどこへ行ったのかとイリーナは呆れていた。
 アレンとの関係が明るみに出て以来、タバサはイリーナの目を気にすることなく二人の仲を応援するようになった。少しは遠慮してほしいというのがイリーナの本音である。

「ありがとうタバサ。そのためにも、早く元に戻ってもらわないとね」

 アレンの気配が近付き、柔らかな感触が額に触れた。

(私、何をされ……)

 自覚するなりイリーナは目にも止まらぬ速さで額を押さえる。

(あ、アレン様の、く、唇、がっ――額に!?)

 一瞬でショートしたイリーナに代わって抗議してくれたのはオニキスだ。

「アレン、節度ある振る舞いを心がけてもらわなければ兄として見過ごすことは出来ないが」

 青筋を浮かべたオニキスに、アレンは両手を上げて無害を主張する。

「これは失礼しました。お兄様」

 胸に手を当てる仕草は芝居がかっているからこそ、オニキスはさらに怒りを大きくする。友人関係だからこそ、お互いのことは良く理解しているのだろう。その背後ではイリーナも首が取れそうなほど頷いていた。

(兄様もっと言って下さい! 節度ある振る舞いをお願いします!)

 幼女には刺激が強すぎた。たとえ幼女でなかったとしても自分の顔の良さを理解して行動してほしいものである。