(この人、本気で私が大人になるまで待つつもりなの?)

 相変わらず、アレンは考えの読めない人だ。そんなイリーナの気も知らずにアレンは話しかけてくる。

「君の研究成果はあるのかな?」

「……ありますけど」

「見ても構わないか?」

「あの棚に並んでいるのは全部そうですけど……」

 その棚は背表紙の厚い本ではなく、ノートが何冊も詰め込まれていた。

「見ても楽しくないですよ」

「楽しさを求めているわけじゃない。俺も魔法薬の授業は取っているからね。後学のためにも読ませてほしいんだ」

 狡い人だ。勉強のためと言われるとイリーナだって断りにくい。

「少しだけなら……」

 イリーナは自分も本を読むふりをしてアレンの横顔を眺めた。アレンの言葉に嘘はなく、真剣に読み進めてくれる。

(真剣な顔。そういえば、こんな風にゆっくりアレン様を見るのは初めてかも)

 いつもは姿を目にするだけで悲鳴を上げてる。

(知ってはいたけど、とても綺麗な顔をしている人だよね……って、あれ? アレン様、魔法薬専攻してたっけ?)

 ゲームではそんな素振りはなかったように思う。

「どうかしたかな?」

「え!?」

 考えることに夢中で視線を逸らすことを忘れていた。手元から顔を上げたアレンと目が合いたじろぐ。

「あ、の……自分の書いた文章なので、反応が気になって」

 恥ずかしい。本当は横顔に見ほれていたくせに。
 追求されるかと思ったが、アレンは真剣に読み進めていたようで、内容について語ってくれた。

「そうだね。ここまでとても素晴らしい内容だった。特にここ、魔法薬の生成についての記述が素晴らしい」

 記述を見せようとアレンが資料を広げてくれる。同じものを覗くのだから自然と距離が縮まった。

「こんな風に研究を料理にたとえる人なんて初めてだ。知識が無い人でも読みやすいと思う。けど読み進めていくと指摘は的確で、君があの薬を作り出せたことにも納得がいくよ」

 アレンの瞳が自分の書いた文字を追っている。しかも自分は褒められているらしい。

「あ、りがとうございます」

「君は凄いね」

 ファイルを閉じたアレンが頭を撫でて来る。

(――くうっ! 子ども扱いしないで下さいって言いたいのに子どもだし!)

 褒められるとアレンが相手でも嬉しくなるのが悔しい。それはそれは複雑な感情なので苦い表情になっているとは思うけれど。

「少しでも君の力になれたらと魔法薬を専攻してみたが、なかなか君のようにはいかないな」

 寂しそうな呟きにイリーナは耳を疑った。

(私のために……?)