幼女は一人で衝撃から立ち上がる。ここでアレンとタバサの手を借りるのは癪だった。

「研究が忙しいので失礼します!」

 イリーナは頬を膨らませて二人に顔を背ける。哀しいことに当人たちには可愛らしい仕草としか受け取られていなかったが、それでもイリーナは怒っていますと全身で態度に表した。腹を立てて不機嫌になるくらい許されるはずだ。むしろこれくらいの態度は可愛いもので、もっと怒り狂っても許されると思う。
 アレンは居座るつもりのようだが、イリーナは早々に研究室へと向かった。元に戻るための研究を進めると言えばアレンもイリーナを引き止めようとはしない。

「アレン様、帰らないんですか?」

 じっと視線を向けながら、研究室までついて来たアレンに訊ねる。

「俺も一緒に勉強させてもらおうかと思ってね」

「そうですか」

 そっけなく言ってイリーナは本棚の前で背伸びをする。この身体になった弊害に、本が取りにくいというものもあった。
 すると背後から、高いところの本を取ってくれる優しい人が現れる。

「これかな?」

「もう一つ隣です」

「はい」

 イリーナは差し出された本を受け取った。

「ありがとうございます」

 不本意ではあるが、きちんとお礼は言える子どもでいたかった。今も昔も、イリーナが困っていればアレンは手を差し伸べてくれる。

「また難しそうな本だね」

「そうですか?」

 慣れてしまえば読み応えのある本だとイリーナは言った。

「昔から君はそう言っていたね。君のその姿がもう一度見られるとは懐かしいよ」

 青年のアレンと幼女のイリーナ。昔とは違う、ちぐはぐの見た目となっているが、アレンは懐かしいと言ってみせた。

(本当、アレン様ももの好きだよね。飽きずに侯爵邸に通い続けて、私なんかの傍にいて)

 ゲームの記憶を取り戻してからのイリーナは自分を特別だと感じることはなくなった。ただの令嬢――どころか引きこもりの令嬢だ。一緒にいて楽しいはずがないだろう。

(でも、アレン様だけはずっと傍にいてくれたんだよね)

 プレゼントを拒絶しても、引きこもっても、成長しても、幼女になっても、変わらず傍にいてくれた。それをイリーナが嬉しいかどうかは別としても、何年もとなれば気軽に出来る事ではない。自分でも思うが、会うたびに悲鳴を上げて怯えている自覚はある。悲しくないのだろうか。